社会

那須信吾の矢立、墓前に - 没後から150年“再会”/天誅組志士

那須信吾の墓前に矢立を供える草村館長=24日、東吉野村小川 拡大
天誅組の志士、那須信吾愛用の矢立 拡大

 明治維新の先駆けとなった天誅組の志士、那須信吾が愛用していた携帯用筆記用具「矢立」が24日、東吉野村小川の墓前に供えられた。矢立は天誅組が最後の昼食をとったとされる川上村の民家に伝来。この日は信吾が戦死した鷲家口の戦いから、ちょうど150年に当たり、墓前に初めて供えられた。

 矢立は筆と筆壷が一体となったもので、長さ30センチ弱の真ちゅう製。文久3(1863)年9月24日、天誅組が昼食のために立ち寄った川上村の見世家で、信吾が形見として残したという。その後、同家と親戚関係にあった同村の林業住川準典さん(82)の家で先祖代々、大切に保管されてきた。

 この日は、天誅(忠)組記念館(大阪府藤井寺市)の草村克彦館長(57)らが明治谷墓地にある信吾の墓を参拝。住川さんから預かった矢立を墓前に供えた。

 草村館長は「死を覚悟し『もう自分で矢立を使うことはない』との気持ちで預けただと思う」と当時の信吾の心境を推測。住川さんは「良い供養になったと思う。これからも大切に保管し、後世に伝えたい」としていた。

 那須信吾(1829~1863)は土佐(高知県)の出身で、体格に恵まれ、腕力や脚力に優れていたという。土佐藩参政の吉田東洋を暗殺して脱藩。天誅組が壊滅した鷲家口の戦いで、主将の中山忠光を逃がすために決死隊長を務め、戦死した。

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