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南部・宿院仏師の作 - 顔内側に名や年号/当麻寺 中将姫坐像

宿院仏師の作と分かった中将姫坐像(奈良国立博物館提供)

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 葛城市の当麻寺に伝わる中将姫坐像が、南都を拠点とした大工出身の仏師集団「宿院仏師」によって室町時代に造られたことが奈良国立博物館の調査で分かった。同館は「室町時代末の当麻寺復興で、宿院仏師が仏像の制作を担ったのだろう」と話している。

 中将姫坐像は高さ73・3センチの木像で、本堂に安置されている。同館が特別展「當麻寺」(4月6日~6月2日)に出展するため調べたところ、顔の内側に「源三郎」「南都宿院」「永禄元年」などの墨書が見つかった。

 宿院仏師は現在の奈良市宿院町付近を拠点とした仏師集団で、3世代にわたって活躍、約70件の仏像を残した。県内のほか、京都や大阪でも作品が見つかっている。

 源三郎は3世代目の棟梁(とうりょう)で、大仏師を名乗った。父の源次(空阿)と連名の銘文が多いが、中将姫座像は顔面内側に源三郎、後頭部内側に源次らの名前があり、源三郎が中心となって制作したことが分かる。

 源三郎の名前が単独で記されるのは1570年代といい、最も古い確認例となる。

 室町時代末から戦国期の戦乱の中で当麻寺が衰退し、復興の過程で宿院仏師が活躍したと同館はみている。

 同館の山口隆介研究員(日本彫刻史)は「本堂に安置されるなど、重要な位置づけで制作された中将姫像。大変優れた出来栄えで、源三郎の代表作の一つと言えるのでは」と話している。

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