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幻の名所 遺構に期待 - 興福寺東円堂推定値を発掘へ

東円堂の推定地とされる登大路観光駐車場  拡大
「南都名所図会」に描かれた東円堂跡と八重桜 拡大

 後白河天皇の母、藤原璋子(待賢門院)の発願で建立され、室町時代末に焼失した興福寺東円堂の推定地(奈良市登大路町)が、県立橿原考古学研究所によって発掘される見込みとなった。同寺の北円堂(国宝)や南円堂(重要文化財)と同じ八角堂で、規模や基壇構造の解明が期待される。

 登大路観光駐車場(約6700平方メートル)のバスターミナル化に伴う事前調査で、県は8月中の着手に向けて調整を進めている。

 江戸時代の絵図では現在の県庁の東側に東円堂の基壇跡が描かれており、駐車場の南半分を中心に発掘する。

 東円堂は12世紀前半の平安時代に建立され、興福寺の記録によると、南円堂と同じ不空羂索観音像や地蔵菩薩像が安置された。

 室町時代に焼失後は再建されず、延宝3(1675)年の「南都名所集」には、縁に石をふいた八角形の基壇が描かれている。

 寛政3(1791)年の「大和名所図会」でも土壇や礎石が残り、前にあった「奈良八重桜」と並んで観光の名所だった。

 東円堂前の八重桜は鎌倉時代の説話集に登場するなど有名で、名所図会などにも基壇跡とセットで描かれている。

 北側に隣接する県分庁舎の建設に伴う発掘調査では、灯明皿とみられる大量の土師器が出土。東円堂跡と同じ子院の一角で、県教委文化財保存課は「明治以降の土地利用で基壇が壊された可能性もあるが、調査で遺構の有無を確認したい」と話している。

 興福寺の薮中五百樹・境内管理室長は「興福寺にあった三つの円堂の一つで、非常に重要な建物。八重桜と並んで歴史的な由緒も深く、遺構の発見に期待したい」と話している。

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