考古学

発掘調査で見解二分 - 謎深まる宅地利用/平城宮近くの一等地

坪の中軸線付近で見つかった建物跡の柱穴=今年1月、奈良市三条大路1丁目(市埋文センター提供) 拡大

 貴族の邸宅か下級役人の住まいか―。奈良市三条大路1丁目の平城京跡で行われた二つの発掘調査で、市埋蔵文化財調査センターと県立橿原考古学研究所の見解が分かれている。いずれの発掘区も平城宮に近い一等地。結論は今後の調査に委ねることになりそうだ。

 県立橿原考古学研究所が県営プール跡地の発掘調査で「下級役人の住まい」と発表したのは昨年11月。小規模な掘っ立て柱建物が並び、宅地の境は塀で仕切られていた。

 担当した北山峰生・主任研究員は「川に挟まれているため水害を受けやすく、湿気も多い。快適に住める場所ではなかっただろう」と話す。

 一方、奈良市埋文センターは今年1月、西側の108平方メートルを調査した。調査面積は狭いが、京内の基本区画「坪」(約1万6千平方メートル)の中軸線をまたいでいた。

 この線を挟んで対のように配置されたり、柱穴が線上に重なる建物があり、同センターは「かなり計画的」とみている。橿考研の調査区も同じ坪だが、周辺を囲む道路に近い。遺構はいずれも奈良時代後半ごろ。

 市埋文センターの安井宣也主任は「小区画の宅地利用ではなく、1坪か2分の1坪を利用した可能性がある」と指摘する。中心部には計画的に建物を配置、周辺に雑舎を設けたとの考えだ。

 京内の宅地は朝廷から割り当てられ、1坪丸ごと利用できたのは5位以上の貴族だった。時期はずれるが、周辺は長屋王や藤原仲麻呂(恵美押勝)の大邸宅。安井主任は「高級住宅地の一角で、下級役人が住むとは考えにくい」という。

 一方、橿考研の北山主任研究員は「全体が細かく分割され、その一部が見つかったのでは。宮に近ければ一等地という考え方には再検討が必要」

 二つの調査を通じて、平城京の宅地利用をめぐる研究が深まりそうだ。

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