歴史文化

隣接迎賓館へ水流す? - 最古の水時計跡/明日香・水落遺跡

東西方向の流路(研究員が立つ地点)に分断された南側の水落遺跡(奥)と北側の石神遺跡(手前の石敷)の遺構=2日、明日香村飛鳥の水落遺跡
 中大兄皇子(天智天皇)が作った日本最古の水時計「漏刻(ろうこく)」跡が確認された明日香村飛鳥の水落遺跡(7世紀中ごろ)で、北側に隣接する斉明朝(7世紀中ごろ)の迎賓館跡・石神遺跡に向かって水を流す銅管や木樋(もくひ)跡、大型建物の柱穴などが見つかり、奈良文化財研究所が2日、発表した。石神遺跡との接合部は後世に破壊されていたが、同研究所は「二つの遺跡は密接に関連する」との見方を強めた。

 過去の調査では漏刻が置かれた施設の地下から北側に付設する建物に続く木樋そのものが出土。漏刻の水は石神遺跡の噴水施設「須弥山(しゅみせん)石」に再利用したことが分かっている。

 漏刻から北方に向かう銅管は今回調査区で痕跡2.8メートルを確認し、総延長21.2メートルになった。

 2本の木樋を地下に埋設する際などに掘られた溝は3カ所で確認され、幅20~80センチ、長さ2.3~6.7メートルだった。いずれも中世以降の水流で消滅し、石神遺跡から南向きに延びる水利設備との接合は確認できなかった。

 漏刻台の北側で、東西に並ぶ一辺約1.5メートルの柱穴8基分が見つかった。過去の調査と合わせると東西24.6メートル以上、南北4.5メートルの掘っ立て柱建物になる。水に関わる施設と考えられる。調査区の北辺では、石神遺跡の南限通路の石敷の一部を検出した。南辺は後世に破壊されていた。

 庄田慎矢研究員は「銅管は北に向かって続き、木樋は石神遺跡に直線的につながる可能性が高い。二つの遺跡の関連性があらためて明らかになった」と話している。

 現地見学会は5日午前10時~午後3時。近鉄橿原神宮前駅から奈良交通バス、「飛鳥」停留所下車徒歩5分。

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