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台座に制作年の銘文 - 奈良・大慈仙で安置「薬師如来坐像」

大慈仙町などが管理している薬師如来坐像

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 奈良市大慈仙町公民館に安置されていた木彫りの「薬師如来坐像」の台座上面から、平安時代後期の作であることを示す銘文などが見つかり、像の修復作業を委託されている東京芸術大学大学院文化財保存学・保存修復彫刻研究室が14日、東京都台東区の同大学で発表した。平安時代の造像銘記は稀少で、仏像制作の年代判定を行なう上で重要な根拠になるという。

 記者会見した、平城遷都1300年祭のマスコットキャラクター「せんとくん」の作者でもある籔内佐斗司教授らによると、銘文は判読できない部分もあるが、制作時期の「天治元(1124)年8月7日」や仏像の大きさのほか、制作を命じたとみられる「僧」などの文字が読み取れ、仏像の由来が記されている可能性が高いという。

 仏像像はヒノキ材の一木割矧造で高さ33.6センチ、幅27.8センチ、像奥20.5センチ。作風は、穏やかな表情や浅い衣文の彫り、背中を丸めた姿勢など、仏師の名前はなかったが、様式は、1053年に建てられた平等院鳳凰堂(京都)の阿弥陀(あみだ)如来像を模倣した「定朝様」と呼ばれるものという。

 台座を含め、多くの当初部材が残る点も貴重とされる。現在は同町自治会と忍辱山円成寺が管理する。

 一昨年、円成寺の仲介で同大学に修復が依頼され、今年3月、平成22年度住友財団保存維持修復事業助成の認可を受けて修復を開始した。江戸時代に彩色されたとみられる緑青を除去したところ、墨で書かれた銘文が見つかった。昭和57年に実施された奈良市教育委員会の彫刻調査では確認できなかった。

 市史「大和志」に、かつて「大慈山寺」という寺院があったとの記述があり、平安時代には東大寺と深いかかわりのある寺院があったとされる。籔内教授は「柳生地方の忍辱山や大慈仙町の辺りは東大寺の奥座敷と呼ばれ、東大寺ゆかりの多くの寺院があった。これからの研究が待たれる」と期待を寄せた。

 仏像の修復は来年5月ごろまでに終え、町に返却される予定。

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