漢方診療日記

第47回 言葉以外のコミュニケーション - 触れ合い伝わる何か

友人の病院の待合室で、私が待っていた時の話だ。横のソファーで、何やら初老の女性がカバンの中をゴソゴソ触っている。何か見られたくない様子で、カバンの中で作業をしているのだ。何もすることがなかった私は、横の女性に興味を持って観察していた。


しばらくすると、その女性はカバンの中では、うまく行かなかったとみえて、カバンの外で作業をし始めたのだ。彼女は、IC音声レコーダーを操作していたのだ。カバンの外で、録音機の説明書を見ながら何かを設定している様子だった。診察室での会話を、こっそり録音するのだろう。こんな患者さんは結構いる。


私の診察室でも、「会話を録音して良いか」と聞かれることがある。老齢の患者さんが一人で来院し、帰って家族に聞かせるために録音する場合もあれば、家族全員で来ても確認のために録音して帰る場合もある。


診察室では緊張して聞いたことも覚えられないらしい。また、家で聞こうと思っていたことも思い出せず、診察室で聞けないのでメモを持ってくる患者さんも多い。


患者さんは、自分にとって心地良い言葉だけを覚えて帰る人が多い。


例えば、がんの患者さんに、「あなたの病気は漢方の効果がある人もいれば、ない人もいる」と言ったとしても、患者さんは「自分の病気には漢方が効く」という内容だけを家に持って帰るのだ。都合の良いことだけ覚えてしまう。そんな時には録音機は有用かもしれない。


でも私の外来では、できるだけ言葉に頼らないようにしている。以前も書いたが、私の漢方外来には難治性、つまり治らない病気や余命を宣告された患者さんが多い。こんな患者さんは皆一様に、自分の生命の終わりが近づくと直感が鋭くなる。


皆、それとなく、こちらから何も説明しなくても自分の生末(いくすえ)を感じている。言葉で説明しなくてもだ。そんな力が、人にはある。


最近、世の中では言葉使いが特に大切にされる。「その場にふさわしくない言葉を使った」などとして非難されるニュースは珍しくない。言葉を大切にする姿勢は、個人的に賛成だ。


しかし、私は言葉だけで大事なことを、説明できないことを、この仕事を通じてたくさん経験した。人と人との触れ合いは、言葉を交わさなくとも、伝わるものがある。


それ以前に人は、自分の心の中から言葉にできない確信のようなものを見つけ出せる。どの人にも、言葉以上のものを感じる何かが備わっているのだ。

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