漢方診療日記

第34回 変容 - 精神の奥にあるスイッチ

かなり前から「癌(がん)の自然退縮」という現象が認められている。癌が治ることは観察できても、その理由が分からない。ただ、これはごくまれにしか起こらない。


先週(平成28年10月初旬)、奈良県の吉野山の金峯山寺(きんぷせんじ)から山上ケ岳(さんじょうがたけ)の大峰山寺(おおみねさんじ)まで歩く行(ぎょう)を行った。距離は20キロ強だが、何せ険(けわ)しい。深夜3時に吉野の金峯山寺を出立(しゅったつ)し、水分神社(みくまりじんじゃ)、金峰(きんぷ)神社を経て、熊野古道を登って夕方、山上に到着した。


毎年7月7日に同じコースをたどる「蓮華奉献入峯(れんげほうけんにゅうぶ)」という行が、100人前後で行われる。皆、前日から吉野に泊まり込み、午前3時に起こされ、途中で勤行(ごんぎょう)を何度も行い、14、15時間かけて山上ヶ岳の大峰山寺まで行き、護摩(ごま)を焚(た)く。危険な行場にも赴く。


初めてこの行から帰ってから、不思議なことが起こった。生活スタイルが変わったのだ。文字ではうまく言えないが、身体を動かす気力が出てきた、気力が充実してきた、と言うのが近い気がする。


例えば、雨の中を自転車で乗ることが苦にならなくなった。同じことを、この行に行った友人が言っていた。


彼は自転車通勤をしていたが、雨が降ればいつも電車に乗っていた。しかし、行から帰った今は、雨が降っても自転車なのだそうだ。しかも耐えるという感じではなく、気持ち良く充実している感じなのだ。子どもが雨の中を靴が濡(ぬ)れても楽しく走る爽快(そうかい)感なのだ。決して健康のために我慢して、雨の中を自転車に乗る感じではないという。


患者さんは、病気になるまでの生活パターンや仕事をそのままにして、「難しい病気を治したいから治療してくれ」と言う。病気ができたのと同じ生活を続けたがるのだ。

 

病気は何らかの理由があって起こる。特に治り難い病気であれば、それだけ長い時間をかけて生活習慣病として少しずつ、その人の生活で作りあげられてきたものが多い。それなのに、その生活パターンを変えずに、病気を治したいという人が多いことに驚く。そして、医者が治してくれるものと誤解をしている。


簡単な病気なら別だか、治り難い病気が治るのは、知識ではない。漢方外来には、現代医学では治療が難しい患者が多い。このような中、治り難い病気が治るのを見ていると、劇的に、短時間で生活パターンを変えていることが多い。


病気の人に知識を押し付けてもダメだ。修験道の行のような、精神の深いところが一気に変容しないと、治るスイッチが入らない。入ると一気に軽快した症例を何度も診(み)た。
癌の自然退縮も、精神の変容が引き起こすものなのだろう。 

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