漢方診療日記

第32回 忍性 - 慈悲深い愛による治療

先週(平成28年8月~9月ごろ)、奈良国立博物館で開催されている「忍性 生誕800年記念特別展」に行って来た。


何年も前から、鎌倉の極楽寺の忍性像の開帳日に一度は見たいと思っていた。しかし、御開帳は年に1回。いつもタイミングが悪く参拝できなかった。また、行った人によれば、周囲が薄暗く忍性さんの表情はよく見えない、と聞いたことがあった。


以前から忍性さんについてご教授頂いていた西大寺清浄院・佐伯俊源先生に展覧会のことを聞き、行くことになった。


忍性さんは「慈悲に過ぎて修行せず」と言われるくらい慈悲深く、数々の逸話を残している。忍性さんは、西大寺・叡尊と20代で出会い、30代で当時の日本の中心地、関東に赴き、茨城県のお寺で10年過ごした後、鎌倉・極楽寺で亡くなるまで、施薬施設(病院)ばかりでなく、馬の治療施設まで作った。


忍性さんの時代は、中国から漢方薬が輸入されてはいたが、朝廷や一部の特権階級のもので、とても一般の人には手の届くものではなく、夢の薬だった。


5、6年前に極楽寺で、当時の石でできた薬を砕く臼(うす)を見たことがあった。恐らく日本国内で栽培できる薬草を使っていたのだろう。


現在、漢方薬は、日本でできる生薬(しょうやく)は2割前後で、ほとんどは中国で、その他は東南アジアから輸入されている。その土地で作った薬草でなければ、十分な効果が得られないことが多い。当時はあまり効果のない生薬や、祈祷(きとう)で治していたのだろう。


ちなみに忍性さんも祈祷の名手とされており、雨乞(あまご)いなどの祈祷を依頼されて執(と)り行った記録がある。ただ、忍性さんは、特定の人のために祈祷はしないようにしていたそうだ。


展示には、施薬院などを開設したことはあったが、具体的な治療や診療についてはなかった。


「70年前と治療率が変わらない」と学会で発表があった。治療を受けなくても、治る病気はいずれ医者が介在しなくても治り、治らない病気は医者が介在しても結局は同じ。救急医療のメリットはあるものの、医者が介在してかえって悪化することもあり、患者に対する医療介入の効果はあまり変わらないというものであった。漢方ではなく西洋医学での話だ。


だとすると、薬理効果の少ない方法しか持たなかった当時でも、慈悲慈愛により救われた人が多かったのだろう、と想像できる。

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