漢方診療日記

第31回 危ない階段 - 一瞬を大切に生きること

私の漢方診療所に出入りするためには、鉄製の古い階段を昇り降りしなければならない。階段は古く、雨に濡(ぬ)れると滑りやすい。「脚(あし)の悪い患者に階段を昇り降りさせるな」とお叱(しか)りを頂くこともある。滑りやすい階段だ。特に雨の日は要注意だ。


私でさえ、何回か滑り落ちた。油断大敵の階段だ。1回目は晴れていたが、油断していた。3段滑り落ちた。もう1回は、自転車を抱えて降りようとした時だった。


雨の日、この階段を滑らないように全身全霊で注意しながら降りる患者さんは、病気の不安がなくなるということだ。何回か、患者さんから聞いたことがある。


降りる間は、がんの患者さんは死の不安を感じなかったと言う。その代わり、滑り落ちて骨折する恐怖は感じるらしい。だから、みんな一歩一歩、大切に足を運ぶ。こんな時、将来の病状の推移を思い悩めないという。人は同時に2つのことを悩めない仕組みらしい。


病気になった人は必ず、その原因を考える。その病気が重ければ重いほど、真剣に何度も何度も考えてしまう。些細(ささい)な感冒(かんぼう)でさえ、冷たいものを飲み過ぎたのが原因か、などと考えを巡らせてしまう。考えても病気は治らない。


重症の患者さんを私が診察すると、身体の痛みなどの症状で苦しむ以外に、「心の痛み」を抱えていることがほとんどだ。いつまでこの症状が続くか、治るのか、末期の宣告をされたが、いつ死ぬか―など、症状とは別に心の痛みを抱えてしまう。骨折など必ず治るけがでも後遺症が一生残るか、などと要(い)らぬ心配をしてしまう。


病人が持つ不安は、大きく過去に関するものと、未来に関するものに分けられる。


過去とは、今かかっている病気の原因を過去に遡(さかのぼ)って探して後悔するものだ。寒い中、薄着をしたから風邪を引いてしまったとか、たばこを吸い過ぎたから肺の病気になった―などの常識的なものから、野菜が少なかったから病気になったとか、引っ越したから、病気になった、恨まれたストレスが原因で病気になった―などいろいろある。


未来に対する不安とは、これから病気がひどくなるのではないか、将来治らないかもしれない、死ぬときは苦しいかもしれない、いつ発作が起こるかもしれない―などの不安だ。


人生の一挙手一投足を滑りやすい階段を下りるように、一歩一歩大切に足を動かしながら生きる。今、一瞬一瞬を大切にすることができ、悩みが入り込まない連続になるだろう。禅の教えそのものだ。そう生きろ、と患者さんたちは私に教えてくれるが、私にはできない。

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