漢方診療日記

第25回 雇われ社長と悪妻 - 立ち入れない「枠組み」

54歳・男性―会社員。


肩書は社長、といっても雇われ社長だ。自分で株式を保有している訳ではない。


「食欲が無い」との主訴で来院。脾(ひ)、胃の脈に著変は無い。現代医学の病院でもGF(胃カメラ)、CF(大腸カメラ)等の検査をしても、異常は見つからなかった。


「仕事がきつい」という。経営が悪い会社に後から入り、従来のやり方を変えていき、赤字から黒字、増収に転換させるのが仕事らしい。でも、そこには昔から働いている番頭さん的な社員や、古参の女性がいて、仕事のやり方を変更する時に、いつも衝突するのだと言う。その衝突が辛いのだという。


「じゃあ、辞めたらどうですか?」と聞くと、辞められないのだそうだ。理由を聞くと娘のためだという。


詳しく話を聞くと、娘が「パパは大会社の社長が良い」と言うそうだ。彼は会社員だが、過去の業務の実績を買われ、倒産しかけの有名大企業の社長として送り込まれて、次々と会社の再生を行っているのだという。もちろん、会社の名前は私でも知っている。


一方、会社を辞めて自分で一から事業をするとなると、当たり前だが、小さい規模から始めなければならない。もちろん、会社の名前はみんな知らない。つまり、外から見たらお父さんは、有名な会社から落ちぶれたように見えるのが、娘にとって嫌だというのだ。


娘の年齢は10歳。小学校高学年だ。勉強して高校受験が終わるまで、精神的に落ち込みたくない、と娘が言うそうだ。


「直接、そのことを娘さんと話たことがあるか」と聞いた。彼は「まだない」というのだ。「じゃあ誰から言われたのか」と聞くと、「妻からだ」と言う。


後日、私は一緒に診察に来た彼の妻にも話を聞いた。「社長の今の仕事が頑張れるように治して欲しい」とのことだった。そこで大体、話が見えて来た。


おそらく彼は気づいてないが、彼に有名企業の社長でいて欲しいのは、娘ではなく妻なのだろう。よしんば、娘がそのように言ったとしても、母親である彼の妻の意見が、かぶさっているように見えた。


彼はまじめな男で「娘の精神状態が悪くなるなら」と転職をしないまま、頑張っている。でも妻は、彼の健康状態より見栄、世間体の方を大切にしているように感じる。


こんな場合は、私は家庭に入らない。彼は彼で、自分で妻を選び、結婚した大人だ。そういう枠組みで生きていくことを選んだ彼は、当分今の仕事を苦しみながら続けることになるだろう。


医者が、立ち入りたくても立ち入れない問題の本質がいっぱいある。

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