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第三部 飛鳥を伝える

オーナー制で棚田守れ 農業立村

 遺跡を包んで広がる農村風景は、明日香村を構成する要素の中でもとりわけ大きな位置を占めてきた。四季の移ろいは「日本の原風景」と呼ばれ、そこに古代飛鳥の幻影を見る人も多い。しかし、農業に携わる村民の数は、高松塚古墳が発掘された昭和47年当時に比べて約3分の1に減少、経営耕地面積も半分近くに減った。これからの明日香にとって、実りある農地を次の世代に伝えることが、遺跡の保存と並ぶ課題であることは間違いない。


稲渕地区の棚田
飛鳥川に沿って広がる稲渕地区の棚田。
明日香を象徴する風景として多くの人に愛されてきた


【棚田ルネッサンス】

 観光客でにぎわう石舞台古墳を南に向かうと、皿を重ねたような棚田が目に飛び込んでくる。稲渕地区の棚田は約12ヘクタール。平成11年、農水省の「日本の棚田100選」に選ばれた。ヒガンバナが咲き乱れる秋だけでなく、四季を通じて多くの写真家が訪れる。

 地元の農家が集まって棚田ルネッサンス実行委員会を立ち上げたのは平成7年。翌年、「棚田オーナー制度」をスタートさせた。初代会長を務めた豊田茂氏(72)=稲渕=は「隣りの田んぼが荒れていてはやる気のある農家まで意欲を無くす。オーナー制度がなければ棚田は草山になっていただろう」と振り返る。耕作されなくなった棚田を1年単位で利用してもらう制度だった。

 「このままでは棚田がイノシシの巣になってしまう-」。実行委員会に行き着くまで、同地区の役員会ではそんな話がしょっちゅう出た。狭く曲がった棚田は農機が使えず、採算に合わない。役場に相談した豊田氏は、高知県梼原町で開かれた第1回全国棚田サミットに地元の有志と参加。オーナー制度への認識を深めた。

 役員会は「オーナーが増えれば村おこしにもつながる」と一致したが、住民集会では「高いお金を払って農業体験に来る人がいるとは思えない」と不安の声も挙がった。豊田氏は「大阪には何百万人も住んでいる。1万人に一人でも来てくれればいい。きっと集まる」と説得、実行委員会が26人で結成された。

 県が買い上げていた遊休農地を借りて水田33区画(一区画=100平方メートル)、畑13区画(一区画=30平方メートル)を準備。募集が始まると、それまでの懸念は消し飛んだ。応募者は約270人。区画数をはるかに上回り、抽選で初のオーナーが決まった。

 周辺の棚田を借りて区画を増やし、今年は水田78区画、畑百区画で募集中。オーナーにできない肥料散布などの仕事は実行委員会で行うが、人出を得た棚田は、見違えるように美しくなった。「たんぼコース」の会費は当初の計画通り年間4万円。苗代づくりから田植え、稲刈りまで、実行委員会の指導を受けながらオーナー自ら汗を流す。獲れた米はもちろんオーナーのものだ。

 「これだけの人が集まったのも明日香だから。『明日香が好きで応募した』というオーナーが非常に多い」と豊田氏はいう。その半数は県外からの参加者。形だけでなく、実際に汗を流してもらうことが地元農家との一体感を育み、共生につながった。平成12年以降はオーナー主催の盆踊り大会が毎年稲渕地区で開かれている。

 宿泊可能な「棚田準備休憩施設」も村の補助金と地元の負担金で完成し、作業時間の長い田植えの時期には泊まって帰るオーナーも多い。豊田氏は「ヒガンバナが咲いた棚田は赤と緑のコントラストで虹のように見える。オーナーから棚田の美しさをあらためて教えられた。先祖が苦労して作った農地を何とか後世に伝えていきたい」と話した。


【農家の苦悩】

 県立万葉文化館の東側に、畝傍山を借景にした美しい棚田の風景が広がる。写真家の故入江泰吉さんの作品にも取り上げられ、二上山に沈む夕日は、絶好のアングルだった。同館の建設で周辺の様相は変わったが、大部分の棚田は以前の姿をとどめている。

 その棚田の中心部に農地を持つ島田政一氏(55)=小原=は、父の代からブドウ畑と稲作で生計を立てる専業農家。「棚田の風景がいいと言われても、田んぼだけでは生活できない。一方で、田んぼが荒れたり道路になったりすると『明日香も変わった』と見られてしまう」と話す。

 ブドウ畑は自宅裏と岡地区などに約1ヘクタール。できれば棚田でもブドウを育てたいと考えている。問題はブドウ棚にかける雨よけのビニール。「景観の一等地だけに迷っている。ただ、現在の景色は飛鳥時代の景色ではない。古代の飛鳥は都としての活気にあふれ、生き生きとした生活があったはず。村民が死んだように生活することが明日香を守ることにつながるとは思えない。暮らしに合わせてある程度景色が変わるのは当然だろう」

 20代のころには明日香史跡研究会に参加、父の農業を継いだのも、明日香が好きだったからだ。だが、農業で生計を立てるためには景観が犠牲となる場面も出てくる。

 最近になって「棚田で古代米を作ってほしい」という話があった。手間はかかるが、今年は赤米や黒米を育てるつもりだ。島田氏が感じるのは「明日香の水田を残すには全国の人の協力が必要」ということ。後継者不足はそれほどに深刻だ。

 明日香法が制定された昭和55年に863軒だった村内の農家数は平成12年に619軒まで減少。経営耕地面積は176ヘクタールも減った。棚田ルネッサンス実行委員会の取り組みは、明日香の農業全体にとってのルネッサンスとなるかもしれない。


 あすかオーナー制度

 稲渕地区の棚田オーナー制度がきっかけとなり、現在5つのオーナー制度がスタートしている。村地域振興公社(あすか夢耕社)が事務局を務め、会員募集などを行っている。阪田地区の棚田で始まったのが「うまし酒オーナー」。一口2万円の会費を払って田植えや稲刈りに参加すると、翌年の10月に純米大吟醸酒(900ミリリットル)7本が届けられる。育てる米は酒造に適した山田錦。村内の酒造会社が醸造し、オーナーは酒蔵の見学もできる。ほかにも、みかんの一本木オーナー」「土つき野菜オーナー」などがある。


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