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 第三部 飛鳥を伝える

さらに1300年後を見据え -凍結から活用へ-

 明日香村が凍結的保存の時代を迎えてからも、村内では全国の注目を集める発掘成果が相次いだ。飛鳥京跡苑池、酒船石遺跡、キトラ古墳、飛鳥池遺跡…。記憶に新しい調査だけでも、古代飛鳥の実像は飛躍的に解明された。一方で、観光客の減少や農業の後継者不足といった課題も浮かび上がっている。観光振興によって現状を打開しようと、関義清村長によって打ち出されたのが「明日香まるごと博物館構想」だった。


【飛鳥池遺跡と富本銭】

 奈良文化財研究所が飛鳥池遺跡で見つかった富本銭を「国内最古の貨幣」と発表したのは平成11年1月。同遺跡は飛鳥時代の巨大な工房跡で、廃棄物を捨てた炭層から、完形品を含む33点の富本銭が出土した。奈文研は7世紀後半の鋳造と判断、まじない銭と考えられてきた富本銭は、和同開珎をさかのぼる流通貨幣として脚光を浴びることになった。

 発掘後、同遺跡の上には県立万葉文化館が建設されることになっていた。何本ものコンクリート杭が打ち込まれることを知った考古学者たちは、計画の変更を求めていっせいに動き始めた。文化財保存全国協議会、奈良歴史研究会などのほか、奈文研の職員組合も柿本善也知事に要望書を提出した。

 県は起工式を延期して調査範囲を拡大、建物の位置をずらすなどの設計変更を加えが、建設地が変更されることはなかった。加熱する建設反対運動の中で、関村長は県庁に岩本正雄副知事(当時)をたずねた。「凍結的保存では文化財を生かせないし、住民も活力が出ない。文化財を生かす核として万葉ミュージアム(万葉文化館)を誘致したのだから計画通り進めてほしい」。地元住民の間でも、建設に反対の声はごく少数だった。

 保存に対する村内外の温度差は、明日香保存が閣議決定された昭和45年当時と共通するものがあった。佐賀県教育委員会で吉野ケ里遺跡の保存問題に携わった同県教委文化財課の納富敏雄・吉野ケ里遺跡班企画調整主査(当時)は「見学者が去った後に本来的な目的を見失うことが多い。大切な空間であるという共通認識を持ってもらわないと、やっぱり建設すればよかったということになりかねない」と話した。

 ちょうどそのころ、国の歴史的風土審議会が、第三次明日香村整備計画の策定に向けた話し合いを進めていた。審議結果が総理大臣に答申されたのは平成11年3月。計画に盛り込むべき事業のトップに記されたのは「歴史的風土の創造的活用の視点に立った施策の推進」だった。

 答申を受けて翌12年8月に国が発表した基本方針にも「歴史的風土の創造的活用」が盛り込まれた。20年にわたって貫かれた凍結的保存の大方針は、創造的活用の時代へと方向を変えることになった。


【まるごと博物館構想】

 「大切だからと蔵にしまっておくのが文化財とは思えない。現代の人間がその価値を認め、次の世代に伝えてこそ文化財は生きてくる」。関村長はまるごと博物館構想の基本理念をそう説明する。根本にあるのは、「明日香を守っているのは村民自身。生活が成り立たなくなれば、村もなくなってしまう」との考えだ。

 そこでは村民の生活風景や遺跡、川の流れなど、村を形作るすべてが〝博物館〟となる。遺跡はできるだけ「本物」を見せる。平成11年3月に打ち出した村の第三次総合計画でも「饗(もてな)しの交流経済」を提起、村民一人ひとりの参加をうながした。

 これを受け、「明日香村にぎわいの街建築条例」が平成13年5月にスタート。石舞台古墳と酒船石遺跡を結ぶ約18.4ヘクタールを対象に、商業施設の規制が緩和された。食堂や喫茶店、土産物店などの出店を「床面積150平方メートル以下」の条件つきで認めたほか、ホテルなどの宿泊施設も建設できることになった。

 遺跡については、酒船石遺跡で見つかった亀形石像物などの導水施設を保存処理して公開に踏み切った。天武天皇の白錦後苑(しらにしきのみその)とされる飛鳥京跡苑池遺構も、県が公開の方針を打ち出している。関村長の構想は、遺跡との共存を宿命づけられた明日香村が、自ら探し出した選択肢の一つといえるだろう。

 一方、考古学に関わる研究者の間で、生の遺構を観光資源として利用することに疑問の声があるのも事実。高松塚古墳の壁画を修復した増田勝彦・昭和女子大学教授は、縦軸に活用度、横軸に時間を示してこう話した。「遺跡の活用度を上げるという場合、縦軸ばかり強調されるが、横軸のことも考えないといけない。横軸の発想は決して死に体ではない」

 さらに、高松塚古墳とキトラ古墳の保存に関わった経験から「文化財は博覧会のように一定期間見て終わりというわけにいかない。今の人たちが古代の都として誇れるのは遺跡が残っているから。明日香ほどの歴史を持った地域の将来計画は100年の計でも短すぎる。次の1300年を考えないと名前だけが残ることになりかねない」と警告する。

 文化保護審議会の答申に先立ち、村民アンケートが実施された。「歴史的風土の維持保全というのなら、なぜ農地をつぶして宅地、道路が造られているのか」「保存には金がかかるといった視点からさまざまな施策を検討してほしい」。

 「日本人の心のふるさと」を守る使命感と将来への葛藤は、明日香法の制定から20年以上が経過した今も、明日香に生きる人たちの中で繰り返されている。


 季刊「明日香風」

 明日香村にぎわいの街建築条例 平成13年5月に施行、全五条。区域内において建築できるとされたのは、物品販売店、食堂または喫茶店、食品製造業を営むパン屋や菓子屋、アトリエ、博物館、ホテルなど。村は住民の協力を得て条例を具体化しようと、対象地域の住民に呼びかけて街づくり委員会の準備会を立ち上げている。


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