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第三部 飛鳥を伝える

万葉人の見た風景再び 奥明日香の復元〔下〕

 飛鳥川上流に万葉の息吹を取り戻そうと、県は昨年、「神奈備の郷・川づくり計画」を策定した。対象は柏森地区の約1.2キロ。県営飛鳥ダムの建設で水底に沈むはずだった地域だ。「飛鳥川の原風景を取り戻す仲間の会」(嶋村清隆会長)が再生に取り組む女淵周辺を合わせると、2キロ以上の流域で奥明日香の復元が進むことになる。ただ、治水を視野に入れた大規模な事業だけに、生態系や周辺環境との調和が求められている。


整備イメージ図の現在の様子。ガードレールも撤去される
整備イメージ図の現在の様子。ガードレールも撤去される


【神奈備の郷】

 飛鳥ダムの建設計画が持ち上がったのは昭和50年代。総貯水量は100万立法メートルで、流域の洪水防止が主な目的だった。高さ37メートルの堤防は、谷筋が最も狭い柏森地区の西部に設けることになっていた。

 結局、事業化されないまま約20年が過ぎ、平成12年度、県公共事業評価監視委員会の承認を受けて中止が決まった。計画は50年に1度の大雨を想定。同委員会は「歴史的景観を維持するためにも河川改修に切り替えるのが妥当」と判断した。この結論を受けた代替プランが「神奈備の郷・川づくり計画」だった。

 同年10月、計画策定に向けた整備検討委員会(座長=池淵周一・京都大学防災研究所教授)が発足。生物学や考古学の専門家6人と村長を含む地元代表3人に委員が委嘱された。意見がまとまったのは昨年1月。基本方針には「奥明日香の貴重な風土に誇りと自覚を持ち、また、その風土を学び、体験し、実感できるよう、周辺環境との調和のもと、奥明日香にふさわしい新たな魅力の創出を図る」とうたった。

 明日香法に基づく第3次明日香村整備計画にも「歴史風土の創造的活用」が盛り込まれている。県河川課は「村の活性化なくして飛鳥川の整備はありえない。村民の生活に活力を与えることが計画の基本」と強調する。

 コンクリートの護岸を撤去して緩やかな土の斜面とし、間伐材の丸太などで崩落を防止。岩の露出した河床はそのまま残す。落差のある部分は魚がそ上できるよう、自然石を積み上げてこう配を持たせる予定だ。ガードレールも撤去する。

 同課は「今の飛鳥川は見た目よりずっと手が入っている。昔の姿を取り戻すには、県、村、住民の協力が必要で、どれ1つ欠けても前に進まない。この事業が飛鳥川全体の美化につながれば本当にうれしい」と話す。河川区域は県、周辺の体験ゾーンは村や地元が協力して整備する。

 計画書を見ると、川に沿って遊歩道が設けられ、棚田を生かした農業体験ゾーンなどが周辺に広がる。整備イメージ図には川で遊ぶ子どもたちが描かれており、山々と溶け合った空間は庭園のようだ。

 下流の稲渕地区に住む小倉茂次・村事業部長(55)は「最近は台風などの自然災害が少なく、飛鳥川にホタルが戻り始めた。昨年はひと目100匹、川面に映ると1000匹にも見えた。親しみの持てる川づくりを進め、このホタルを絶やさないようにしたい」と話した。


【飛ぶ鳥の明日香】

 「神奈備の郷・川づくり整備検討委員会」の委員を務めた日本画家の鳥頭尾精・京都教育大名誉教授(70)は、飛翔する鳥と明日香の風景を作品に描き続けてきた。「明日香には天性の起伏があり、どこに立っても山々の『囲み』を感じる。風景空間が素晴らしく、古代の人々にとっても安息の場所だったのではないか」と話す。

 明日香村岡で生まれ育ち、京都市立美術大学(現芸術大学)を卒業後、昭和31年に作家活動をスタートさせた。最初に取り組んだテーマは鶏。やがて飛翔する鳥に変わり、そこに明日香の風景を重ねるようになっていった。「特に『飛鳥』を意識したのではなく、自然な流れ。純粋な実景を作品に展開していった。いくら描き続けても素材は尽きない。明日香の風景にはまったと言ってもいい」と話す。

 「神奈備の郷」の委員会では、自然の流路に沿った整備を求めた。「明日香は適度の『高み』と『囲み』を備えた最高の場所。古代の人たちはそこに最高の知恵を集めて都を造った。新しく造る物も同じレベルでなければならない。せっかちに手をつけることは危険」と指摘する。歴史風土の創造的活用に理解を示しながらも「できるだけそっとしておいてほしい」というのが本音だ。

 「村人による村づくり」を目指して平成5年に開設された「大化塾」では塾長を務めている。拠点は故御井敬三氏が明日香村塾を開いた栢森の西岡邸。「残された『たたずまい』を大切にしようとする共通認識が村民にないと、創造的活用は見学者だけのものになってしまう」。村の将来を考える人材を1人でも多く育てたいと、毎月1回、村内の各所に出かけて村の魅力を探ってきた。

 県出身の評論家、故保田與重郎氏は、明日香村史に寄せた「飛鳥神奈備考」と題した論文の中で、「万葉集中相当数の歌は飛鳥神奈備を原因として生まれたものである。これらのことを考えに置かなくては往昔の人の心情や生活や詩情を理解しえないのである」と書いた。稲渕から栢森に至る飛鳥川上流域こそ、飛鳥神奈備の地という。県が進める「川づくり」にとって、1つの指標となる言葉だろう。

 栢森地区には飛鳥川を守る賀夜奈流美(かやなるみ)神社がある。水神の宿る地が、公園に姿を変えるようなことがあってはならない。万葉人の見た奥明日香の復元に期待したい。


 大化塾

 豊かな発想を持った地域づくりのリーダーを育てようと、平成5年6月に発足。現在の塾生は41人。会社員や教員、工芸家などさまざまで、平成12年に復活した飛鳥蹴鞠(けまり)や村民劇団で活動中のメンバーもいる。県外の町づくりグループとも交流会を開いている。


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