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第一部 それぞれの高松塚

見てふれて感じて イメージの旅続く 特別編

 明日香路の散策はイメージの旅だと思っている。人はどれだけそのイメージを膨らます事が出来るかによって、旅の密度が違ってくる。

 朝霧にかすむ多武峰から降りてくる細川谷には200基以上の古墳が点在し、その降り立った所に石舞台がある。ここから飛鳥川の下流にかけては宮殿が数代にわたって造られた地。それらはすべて地下に埋もれ、発掘調査の度に新たな姿をほんの少しわたしたちに見せてくれる。

 小さな丘陵をいくつか西に越えると桧隈(ひのくま)の地。天皇の陵墓が立ち並び、まるで王家の谷のようだ。この中に昭和47年に極彩色の壁画が発見された高松塚古墳がある。

 特に男女の人物群像が描かれているのが興味深く、衝撃的だった。その服装、色彩によってイメージはたちまちの内に具体化し、明日香路を万葉人が闊(かっ)歩するようになった。私たちが活動している劇団「時空」でもこれを参考に衣装作りをした。

 発掘当時、村人に実物を見る機会が与えられたらしいが、学生だった私は明日香巡りに来て道に迷った見知らぬ人を案内していて、その機会を逃した。

 この発見を機に明日香は様変わりしていく。埋蔵文化財の重要性が謳(うた)われ、発掘調査があちこちで行われるようになった。それまで辺りは子供の頃の遊び場であった。遺跡の歴史的な価値などに無頓着な悪ガキたちは、その直ぐ近くにある中尾山古墳の狭い石室に体をねじ込ませて遊んだりしていた。

 人はその時々の時代を、世界を生きている。遺跡は整備され、大切に保存されていく。その反面、手の届かぬ遠い存在となるものもある。子供の頃、頬をさすった花崗岩の感触は、体の何処かに今も残り、記憶の断片として時々よみがえってくることがある。

 それが眼となりカメラを通して現在の明日香を見つめ続けているのかも知れない。

 ふれることの大切さ、実物を見るということの重要さを感じてしまう。なぜならイメージは断片的な実像をもとに膨らんでいくものだから。

 いくつも派生する小丘陵、その尾根や山襞(ひだ)の一つひとつに今も眠る明日香人の姿が見え隠れする。空を流れる雲、黄葉を散らす風、日々耳にする瀬音に日常を越えた世界を感じる。如何にイメージすることが出来るか、それが大事なことなんだ。明日香はそういう所なんだと、今でも自分に言い聞かせている。

上山好庸(写真家)


メモ

筆者は、明日香村で生まれ育ち、明日香・大和路をライフワークに活躍している。これまでに東京・大阪などで個展を開催。主な著書に「万葉・明日香路」(光村推古書院)、写真集「四季・明日香路」(BeeBooks)など。


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