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もくじ

奈良のふるさとのはなし

三つの問題
鹿殺し裁判


のせがわのむかしばなし

蕎麦の軸の赤いわけ
天狗の扇
蟹の報恵
ふくろうの染物屋と烏
(野迫川村要覧より)

悲運の皇子 自天皇

-その1-
-その2-
(川上村「後南朝と川上村」より)


十津川妖怪譚

だる:ダル
天狗:テング
ごうら:ゴウラ
山女郎:ヤマジョウロ
 山姥:ヤマンバ

一本だたら:イッポンダタラ
山小屋の怪異:ヤマゴヤノカイイ

「神饌」神々との宴

1.往 馬 大 社
2.門 僕 神 社
3.談 山 神 社
4.八 幡 神 社
5.倭 文 神 社
6.高 山 八 幡 宮


その他のおはなし

四社神社秋祭り
安堵町・なもで踊り

日本の造林王

・土倉庄三郎


東吉野が育んだ秀句紀行

・「原 石鼎」

奈良のおはなし
悲運の皇子 自天皇
-その1-

後醍醐天皇、吉野へ

後醍醐天皇、吉野へ 今からおよそ650年のその昔、後醍醐天皇(南朝)は鎌倉幕府(北条氏)の政治をきらい、これを打ち破りました。ところが、この時天皇を助けた足利尊氏が力をたくわえ、遂には天皇に反したため、天皇は吉野山に朝廷を移して政治を執りました。一方、足利幕府は別の天皇(北朝)をたてたため激しい争いとなり、世にいう南北朝時代の幕開けとなったのです。




和解後の謀略

 その後、南朝の後亀山天皇の時代に話し合いが進み、ようやく南北朝が交代で天皇をたて京都で政治をとる約束ができました。この時、天皇系の象徴である三種の神器も北朝側に渡しました。ところが足利氏が約束を守らず政治は幕府の思いのままに動いていきました。

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川上村「後南朝と川上村」より


>>-その2-



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