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小1女児誘拐・殺害事件 詳報



『あの日から時計止まったまま』  -事件発生から2年・両親コメント-

 事件から2年という月日がたちました。私たち家族にとってはまだあの日から時計が止まったままのような日々で、なぜ楓が被害に遭わなければならなかったのか、なぜ楓を守ってやれなかったのかという思いでいます。大切な楓の命、そして家族の輪を一瞬にして奪われ、砕かれた悲しみ、無念さ、つらさは決して誰にもしてほしくはありません。

 先月、わが家に楓のランドセルや携帯など、あの日楓が身につけていたものが戻ってきました。しかし、一番帰ってきてほしい楓の姿だけがありません。下の娘も「かえちゃん帰ってきたらビックリするね。早く帰ってこないかな」と楓と会えない寂しさの中、毎日を過ごしています。

 私たち家族にとってはもう2年ではなく、たった2年しかたっていません。しかし、時間は刻々と進んでいきます。どんなにつらく悲しくとも、前に進んでいかなければなりません。

 奈良県警を通じ、小林死刑囚から謝罪の手紙を受け取ってほしいと連絡がありましたが、私たちにとって公判での態度を見ていても本心からの謝罪と受け取ることができませんし、死を目の前にした恐怖からの逃避からとしか思えず、拒否しました。しかし、拒否した2日後に私たちが拒否した手紙がテレビの映像で流れているのを目にした時、2年前の脅迫メールと同じショックを受けました。なぜ、私たちが拒否した手紙が映像として流れているのか分かりませんし、どのような思いで私たちは受け取りを拒否したのかも分かってもらえずに「御遺族様へ」という手紙の映像が流れ、私たちは再び悲しみのどん底に突き落とされてしまいました。

 このつらく悲しい思いを誰もしないためにも、子供たちを温かく見守っていくことが必要です。多くの地域で、子供見守り隊の発足や青色パトの導入が増えてきています。大人たちの温かい目で見守っていくことにより、犯罪の起きない、犯罪を生まない社会になればと思います。

 もう二度と私達の様な悲しい思いをすることがない事を心より願っております。

有山 茂樹
江利

『悲しみ一生癒えない』  -死刑判決を受けて両親コメント-

 本日、小林被告に死刑判決が下されました。事件から今日までの一年十カ月は本当に長いものでした。悲しみ、苦しみそして怒りの治まらない日々がずっと続いてきました。裁判長の口から「死刑」という言葉が告げられ、「楓ちゃん聞いた? 楓ちゃんよく頑張ったね。楓ちゃんが見守ってくれたからパパもママも頑張ってこれたよ。楓ちゃんありがとう」と心の中で楓には言いました。

  私たちはこの裁判において楓の無念さ、つらさ、悲しみをすべて知ってあげたい気持ちから、今日まで裁判を傍聴してきました。しかし、この裁判では小林被告から事件に対して、全く反省の姿を見せることもなく、「生きていても面白くない。早く死刑にしてほしい」と自分勝手な言動ばかりで私たちには到底納得しえることは何も小林被告の口から出てきませんでした。

  私たちには「死刑」が下されたからといって、幸せだった生活が元に戻るわけではありません。楓が受けた苦しみ、無念さがなくなるわけではありません。私たちはこれからも大切な楓を奪われた深い悲しみの中、残された家族で毎日を過ごしていかなければなりません。

  下の娘も先日、「かえちゃん早く帰ってこないかなぁ?帰ってきたら『大きくなったね』って頭をなでてくれるかなぁ? ギューってしてほしいなぁ」と私たちに言ってきました。この事件で、楓の命が奪われただけではなく、楽しかった家族四人の生活をも粉々に砕かれてしまいました。この悲しみは一生癒えることはないのだと思います。それでも私たちは前に向かって進んでいかなければなりません。小林被告にはこの死刑判決を受け、少しでも真摯(しんし)に受け止めてもらいたいです。

  私たちが受けたこの悲しみはもう二度と誰にもしてほしくはありません。この判決が子どもを持つ親にとって少しは勇気づけられる結果となったかは分かりませんが、未来のあるかけがえのない子どもたちが犠牲となる犯罪が無くなることを願うばかりです。

  この判決まで私たちが頑張ってこれたのも、死刑判決まで導いてくださった検察官、必死の捜査により小林被告を逮捕してくださった県警の方々、そして事件当初から私たちへの励ましの手紙や思いを送ってくださった方々、遺棄現場まで足を運んで手を合わせてくださった方々、そして温かく見守ってくださった地域の皆様のおかげであると思います。本当にありがとうございました。

有山 茂樹
江利


『心の底から楓に会いたい』−判決を前に両親が一問一答(2006.09.26)

あやめ池遊園地に遊びに行った際の有山楓ちゃん=平成15年8月3日、遺族提供
 ―現在、ご両親、妹さん、ご親族はどのような生活を送っていますか。
 事件から一年十カ月がたちますが、私たちの気持ちはいまだにいえる事がありません。家中どこを見渡しても楓の元気な姿が目に浮かんでくる毎日です。ただ、下の娘を心の支えとし、家族で力を合わせ、一歩づつ前に進んでいく日々を送っています。

 ―楓さんの遺品や部屋は現在どのような状態ですか。
 楓の部屋は姉妹二人の部屋ですが、今も楓が使っていた当時のままの状態です。

 ―判決を前に、ご両親はどのようなお気持ちですか。
 判決を目の前にし、気持ちの落ち着かない日々が続いています。判決を聞き、一つの区切りとしたい気持ちはありますが、どのような判決が下されようとも私たちの悲しみがいやされる訳でもなく、楓が居なくなった現実を改めて感じなければならないつらい気持ちとが入り混じっています。

 ―妹さんは楓さんの死をどのように受け止めているのですか。
 下の娘は、今も楓が帰ってきてほしい、楓と会いたいと心の底から願っており、お空に向かって「楓ちゃんが帰ってきますように」「楓ちゃんと遊べますように」と祈っています。もう会えないことは何となく分かってはいますが、信じたくない、また現実を受け入れたくない気持ちで心の奥深くまで傷を負っています。

 ―楓さんの遺体が見つかった現場に訪れる予定はありますか。
 今までに何回か足を運び花を供えて手を合わせました。今もなお花を供えてくださる方が絶えない事はうれしい限りであるとともに、私たちにとって力強い事です。

 ―判決の日は思い出の品や遺影とともに傍聴しますか。
 判決には楓の写真を胸に抱いて楓とともに聞くつもりです。

 ―公判中の小林被告に対してどのような思いで、どのような判決を望んでいるのですか。
 公判中の小林被告は反省の色も無く、私たちから見て悪い事をしたという意識がまったく感じられませんでした。私たちは事件当時からの「極刑以上の刑」という思いは今も変わっていません。

 ―楓さんの事件後も各地で同じように幼い子どもが犠牲になる事件が相次いでいる事をどのように感じていますか。
 楓の事件後も広島、栃木などいろいろな所で同じ小学生が命を奪われるというニュースを見るたびに心が痛い思いをしています。輝かしい未来を持つ子どもが犠牲となるのは言葉では言い表せないほど悲しくて、つらい気持ちでいっぱいです。

 ―事件以降、富雄地区を始め全国に子どもを守る活動が広がっている事をどう受け止めていますか。
 子どもを守る取り組みは子どもを持つ親だけでは限界があります。地域一丸となって子どもたちを温かい目で見守っていく事が安心・安全への第一歩であると思っています。何も起こらないための取り組みであり、継続する事は大変な事ですが私たちのような悲しい思いをだれもしないためにも子どもを守る取り組みが広がり、継続されていく事を願っています。

 ―判決後、小林被告に言いたいことがあれば聞かせてください。また楓さんにどのような言葉をかけますか。
 いざ判決を聞いてみないとことには分かりません。ただ、小林被告には少しでも真しに受け止める気持ちで、判決に望んでもらいたいです。

●「計画的殺意なかった」-弁護側、減刑求める【第10回公判】 (2006.06.27)

 奈良市の市立富雄北小学校1年女児(7つ)が平成16年11月、下校途中に連れ去られ殺害された事件で、わいせつ誘拐や殺人、死体遺棄、死体損壊など8つの罪に問われ、死刑を求刑された元新聞配達員小林薫被告(37)の第10回公判が6月26日、奈良地裁(奥田哲也裁判長)で開かれた。弁護側は最終弁論で「無計画で場当たり的な犯行というべきで、計画的な殺意はなかった」などとし、刑の減軽を求めた。小林被告は最終意見陳述で「(言っておきたいことは)なにもありません」と述べ、初公判から約1年2カ月にわたった公判は結審。判決は9月26日に言い渡される。

 最終弁論で弁護側はまず、殺意の形成時期や犯行の計画性について「計画的な殺意はなく、風呂場で女児の拒否的行動に直面して突然的、衝動的に殺意が生じた」と指摘。殺意の形成時期などについては、小林被告の捜査段階の供述と公判での供述に変遷があり、一定していないことを挙げ「捜査段階の供述調書は被告人の心境を正確に語らせて記録したものとはいえない」とした。

 続いて、殺害後の死体損壊行為や、持っていた女児の携帯電話から約1カ月後、母親の携帯電話に「次は妹だ」というメールを送りつけた脅迫行為について、「殺害後の精神的な動揺、混乱の中での行為であり、また自己顕示欲がなさしめた場当たり的な行為」と分析。「わいせつ誘拐や強制わいせつ致死、殺人の各行為とは別個の精神状態の下でなされたもので、独立した犯行として評価すべき」とし、併合罪として別個に評価した上での量刑判断を求めた。

 さらに、公判の段階で実施された情状鑑定が小林被告を犯罪傾向を伴う「反社会性人格障害」「小児性愛」と診断し、「被告人の人格は生来性のものとは言い難く、不幸な育成環境にもとづくもの」と結論づけたことに対し、「被告人に帰すべき犯行の責任の一端は社会が負っている。被告人に顕著な犯罪傾向があることは否定しないが、被告人の反社会性人格障害は素質によるものではなく、環境的要因がより大きな影響を与えていることを考えると、殺害後の犯行の刑責を加味しても死刑とすることは相当ではない」と強調。

 そのうえで、「社会が被告人のような反社会性人格障害者を生み出していることは決して忘れてはならない。そのためには被告人を死刑にして社会から物理的に抹殺、排除してはならない」と訴えた。

 起訴状によると、小林被告は平成16年11月17日午後1時50分ごろ、奈良市学園中五丁目の路上で、下校途中の女児に声を掛けて車で連れ去り、自宅マンションの浴槽に殺意を持って女児を沈めて水死させ、同日午後10時ごろ、平群町菊美台二丁目の道路脇側溝に遺体を遺棄した。

 また同年12月14日午前零時ごろ、河合町中山台一丁目の中山田池公園東側駐車場で、持っていた女児の携帯電話から母親の携帯電話に「次は妹だ」という新たな犯行を予告するメールを母親の携帯電話に送りつけるなどして脅迫した。


●言いたいこと「何もない」-小林被告、表情変えず (2006.06.27)

 6月26日の奈良市女児誘拐殺人事件の第10回公判。前回、死刑を求刑した検察側に対し、弁護側は「社会が被告のような反社会性人格障害者を生み出している。すべての責任を被告に押し付けてはいけない」と語気強く反論した。小林薫被告(37)は表情を変えることなく聞き、謝罪を含め、何も語ることなく法廷を後にした。

 殺人、強制わいせつ致死、脅迫など8件の罪で起訴された小林被告。これまでの公判で犯行の事実について争いはなく、焦点は犯行に至った小林被告の内心に絞られてきた。しかし、被告の発言は一定しなかったり、黙り込む場面もしばしばだった。これに対し、検察側は論告で、殺意を抱いた時期などについて、捜査段階での供述を根拠とした。

 最終弁論で、弁護側は「捜査段階の供述調書は理詰め尋問にもとづくもので信用性がない」と一蹴。「殺意は突発的、衝動的」「重大な結果にぼう然としている中で混乱」などとして、検察側が主張していた誘拐や殺害の計画性、その後の犯行の強度の残虐性を否定した。
 
 また、幼児期からの虐待やいじめ、母親の死などが被告に与えた影響について、検察側は同じ環境にあった人でも健全に生活しているとしたが、「社会が被告人の反社会性人格障害をもたらし、本件犯行に至る主要な要素を被告人の中に作ったことは否定できない」とした。

 被告は謝罪の言葉を明言せず、検察側からは「真しな反省悔悟の情が皆無」とされたが、これまでの公判で被告が繰り返している「早く死刑になりたい」との言葉は「自己が犯した犯行は自己の命で償うしかないという思いから」「これ以上の謝罪の念はない」とした。

 小林被告は、裁判長に「最後に何か言いたいことは」と発言を促され「何もありません」、再度「ないか」と聞かれ「はい」。この日の公判での小林被告の言葉はそれだけだった。最終弁論の間は、前回までと同じように目をつむり、時折ほおをかいたりしていた。

●遺族への配慮欠ける-最終弁論に不満と疑問 (2006.06.27)

 家族を殺害されるなどした被害者の全国組織、全国犯罪被害者の会(通称・あすの会)から、大阪府茨木市橋の内二丁目の安丸和夫さん(58)が、小林薫被告の第10回公判を支援傍聴した。

 安丸さんは、当時8歳で小学2年生だった姉を殺害された経験がある。

 退廷後、「弁護人の弁論は予想通り。被害者遺族への配慮が欠けている」と不満をあらわにした。

 社会的背景や小林被告の育った家庭環境、小中学校時代に遭ったいじめを中心に責任があることに答弁が繰り返されたことに対して「弁護人の都合のいいように利用しているだけ」と指摘。

 弁論で、西ドイツのワイツゼッカー元大統領の演説を引用し、ナチスドイツの過去を犯罪と置き換えていたことについて「弁護人はドイツの過去と犯罪者を置き換えているが、被害者の視点に立てば過去と被害者を置き換えることができるのでは」と疑問を投げかけた。

 また小林被告と同様に、下校途中の女児をわいせつ目的で殺害した被告に、広島地裁でも検察側が死刑判決を求刑したことについて「被害者遺族への配慮が、受け入れられている新しい司法の兆候である」と話した。



小林公判最終弁論要旨
 6月26日、奈良地裁で行われた小林被告の最終弁論の要旨は次の通り。(敬称略)

▽被告人の生育環境
 被告は幼稚園から小学校、中学校といじめの標的にされていた。またこの時期、父による暴力は常軌を逸し、ゴルフクラブや金属バットなどを用いることもあった。 小学四年生時には、母が三男の誕生と同時に死去。すべての家事をこなし、子供たちに愛情を注いでくれた母の死により、被告の生活状況や精神状態は一変した。

▽被告人の生育環境がもたらした影響
 被告は、幼児期からの継続的ないじめや父による暴力、母の死から終始無力感が付きまとい。対人理解を欠くこととなった。
 さらに幼少時代から刻み込まれた孤立感や感情の抑制は、今日に至るまで引き継がれ、社会を一生憎悪し続けるものとなった。

▽殺意の発生時期について
 女児が風呂を出ようとしたときに、殺意が発生したと捉えるのが相当である。
 検察官の理解では、女児が風呂場で大声を出したり暴れるなどの状況にあったわけでなく、直ちに女児を殺害しなければならないまでの差し迫った状況は認められない。
 マンションに連れ込み、宿題をしている女児の様子や入浴している姿を見て、女児に対してわいせつ行為の対象であると同時に、それ以上の幸福感をもたらしてくれていた。
 ただ被告人は、女児が風呂場で「おっちゃんエッチ」と言って、風呂から出ようとした言動に驚き、とっさに殺意が生じて、殺害に及んだ。
  被告は女児の風呂場での言動によって、「愛情」から「憎しみ」に転化し殺意を形成した。殺意が突然、衝動的に生じたもので、犯行は計画的なものでないといえる。

▽殺害後の死体損壊とメール送信について
 本件で特徴的なのは、殺害した死体を損壊した行為、死体写真を添付しての「娘はもらった」とのメール送信、被害女児の妹の写真と次は妹だとのメール送信行為である。これらの行為は本件全体の残虐性、凄惨さを強力に印象付けている。
  しかし、殺害後の行為はもともと被告が殺害までも意図していなかったのに、殺してしまったという予想外の状況の中でパニック状態に陥り、絶望感や開き直った心境となって場当たり的に展開された行為とみるべきである。

▽死刑求刑について
 本件の犯行は被告の反社会的性人格障害が根底にある。
  小学生時代、母親が病死した直後の作文を読んだり、被告との接見から考えれば、あまりにも犯行と落差があり、犯行は社会によって作り上げられたものとしか考えられない。
 弁護人は被告に対する同情を求めているのではない。本件では社会のありようが問われていることを指摘したい。

【おわりに】
  旧西ドイツの元大統領であったワイツゼッカーは連邦議会で「問題は過去を克服することではない。過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」と演説した。
  過去とは、ナチスドイツ支配下のドイツ。過去を犯罪、重大な事件と置き換えて本件を振り返って見るべきだ。過去を心に刻む、即ち本件を心に刻むことが社会に求められている。
  すべての責任を被告になすりつけ処刑することは、本件を葬ることになる。過去に口を閉ざして、悲劇を忘れてしまえば、再発は防げない。裁判所の高い見識による英断を確信して、この弁論を終わる。


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