このページでは、Javascriptを使用しています
←次へ 前へ→
やまと建築詩

奈良ホテル本館(奈良市)

要人もてなし「1世紀」

MainPhoto
▲波打って見える景色は創業時から使われていると思われるガラス窓。
ほかにも明治期のものが今も多く残る

 今年で100周年を迎える奈良ホテルは明治42年10月17日に開業した。華麗な明治建築は、それから1世紀を経た今も関西の迎賓館として活躍している。

 日露戦争に勝った日本には海外からの旅行者が増えたが要人が宿泊するホテルがなく、政府の働きかけで当時の関西鉄道(後の国鉄)が建設した。設計は東京駅や日銀本店などを手がけた辰野金吾らで、レンガ造りで純洋風の帝国博物館(奈良国立博物館)が「古都奈良にそぐわない」と不評だったため、和洋折衷の木造建築になったと伝えられる。

 「鬼が住む」といわれ鬼薗山(きおんざん)の別名をもつ飛鳥山に建設。山頂部を掘り下げる難工事の末に完成したホテルは、都ホテル創始者の西村仁兵衛の大日本ホテルが運営した。だが、賓客をもてなす迎賓館のため経営は苦しく、大正2年から昭和20年まで、当時の鉄道院が直営した。


▲特徴的な玄関の扉。
中に入ると天井は高く吹き抜けもあり広々としている


▲アインシュタイン博士が弾いたピアノ。
隣にはホテルの顔ともいえる暖炉も

 国営化されていた期間、大正3年に全館、スチームによる集中暖房化を実現し、ホテルの特徴だった各部屋にあるマントルピース(暖炉)は装飾品となった。また、昭和3年には東棟を新設するなどしている。

 終戦後の昭和20年11月、交通公社に経営委託され、米軍のレクリエーション施設になった。同28年からホテルとして一般営業を再開するが、翌年にホテル運営を国鉄に返還を申し出て、同31年3月から都ホテルが経営することになった。同58年1月、国鉄と都ホテルの出資による株式会社となった現在の奈良ホテルが設立。同59年には新館も開業した。


▲メインダイニングルーム「三笠」
落ち着いた部屋に絵画などの名品も並ぶ


▲改装はされても木枠の窓や
おしゃれなバスタブなど
他のホテルにはない魅力が

 本館客室は52室からスタートし昭和31年には73室まで増えた。美術館ともいわれるホテルの調度品には、ロビーの鳥居付きマントルピースや赤膚焼の擬宝珠、和風シャンデリアや、上村松園の「花嫁」など著名な書画作品も多い。他にも、大正年に来日したアインシュタイン博士が弾いたピアノや昭和10年に来日した当時の満州国皇帝溥儀を迎える際に製作した特別食器などさまざまな見どころがある。皇室はじめ、チャールズ・チャップリンやヘレンケラー、オードリー・ヘップバーンら著名人が宿泊している。



DATA

● 奈良ホテル ●

奈良市高畑町1096

館内は宿泊のほか食事やバー、ティーラウンジのみの利用もでき、団体で事前に予約すれば館内の見学も

問い合わせは同ホテル電話0742(26)3300

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。


写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)


会社概要採用情報新聞購読出版情報個人情報保護特定商取引法に基づく表示サイトマップ