
王隠堂家住宅(五條市西吉野町)
後醍醐帝から維新まで
▲尾根沿いの集落にある王隠堂家住宅。街道筋から約150年前に移転してきた。(奥は隣家)
南北朝時代に都を逃れてきた後醍醐天皇一行をかくまい分宿させたので、授かった名前が「王隠堂」。近世まで分家をすると名字も変えていたという。街道筋にあった同家だが、幕末の150年ほど前に天誅組に建物を焼かれて現在の場所に移ったと伝えられる。
代々農業を営み、薬草を作って大阪・道修町に卸すこともしていた。今は農業法人・農悠舎王隠堂の名で、安心安全を基本とした自家農園と無添加、手作りの加工品を生産している。建物は、古民家交流館としてこんにゃく作りや草もち作りなど、さまざまなメニューのあるオリジナル体験の場として使われている。
▲南に面し日当たりの良いブツマには書なども多い |

▲主屋を広く覆う大きなひさしには風よけが付くのが特徴 |

▲玄関から光が差し込むドマ。手前のダイドコロは交流館として使うため改装されている |

▲主屋と蔵に挟まれた中庭。改装で天井が張られ古い農機具の展示も |
建物の一番古い部分は主屋と中庭を挟んで建つ蔵。焼き討ちにあったときに、焼け残った部材も使って建てたといわれる。蔵には離れ座敷や茶室もあるが、建築年代はバラバラ。ダイドコロの東側には金剛山を見渡せる新座敷があるが、こちらは一番新しく昭和30年代の建築という。いずれも、平成18年から20年にかけて屋根のふき替えなどの修復を行っている。
主屋はドマと田の字型の四間取り。ドマよりの南側からシモデン、ダイドコロ、奥がブツマ、ナンドとなっている。尾根沿いに建ち風が強かったことから、南側のひさしには風除けが下がっているのが特徴。
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DATA
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● 王隠堂家住宅(農悠舎王隠堂古民家交流館) ●
五條市西吉野町湯塩
草もち作りや柿渋染めなど同農園が主催する農家体験などオリジナル体験の会場として使用されることもある。
体験メニューなど詳しくは問い合わせは同農園直売所、電話0747(26)1831へ
※情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。 |
写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)
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