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やまと建築詩

大滝公会堂(川上村)

先人の志受け継ぐ聖域

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▲剣道の聖地といえる大滝公会堂。廊下には多くの防具が並んでいる

 山あいのひっそりとした集落に、ひときわ大きく立派な建物が立つ。いつごろから計画されたか地元の大滝地区に残る文献でも今のところ定かではない。だが、大正13年7月28日に上棟式を行い、昭和2年4月4日に完成した記録や資料が残る。

 造林への情熱と郷土愛に生きた土倉庄三郎氏。天保10(1840)年に大滝村(現在の川上村大滝)の山林地主の家に生まれ、16歳で家業を継いだ。後に独自の研究からあみ出した「土倉式造林法」の技術を全国に広め各地で成果をあげた。また借地林業や村外地主の森林所有、その管理のための「山守(やまもり)制度」など現代の林業の基礎をつくったことで知られる。



▲客間の障子を開けると川上の山々が眼前に広がる。
入り母屋造り銅板ぶきの屋根は大きく寺社建築のようだ

 私費で県初の小学校を川上村内に開校したり、同志社大などの創立助成や、親交のあった板垣退助を支援し自由民権運動に力を注ぐなど多くの功績を残している。

 土倉氏は生涯を大滝の地で過ごし、大正6年に78歳で亡くなった。晩年の明治39年には、区の財産を管理する財団法人大滝修身教会を創設している。これは地区住民の社会教育などを行う団体で、図書館や子ども会、スポーツ少年団、青年団などを支援した。運営は山を差配する山守から歩口(ぶくち)金を集め財団の資金に充てていた。

 同会は、初めは村内の寺で行っていたが活動するための施設が必要として建てられたのがこの公会堂。土倉氏の没後に完成したが、川上産のスギやヒノキ、村人の労力などによって立派な建物が完成した。

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▲公会堂の内部。天井は高く内部はとても広い。
弁論大会や剣道大会などさまざまな用途に使われてきた。
現在は剣道の練習を中心に使われているため公会堂の床の間には防具が。
玄関を入ると真っすぐ奥に見え、道場のような緊張感を覚える。

 修身教会は昭和31年ごろの活動を最後とし、以後、保育所などにも使われた。明治建築を思わせる立派な表側の図書館部分と、後方で寺院のような高い屋根が特徴の公会堂部分の二棟がつながっている。図書館部分にある入り口を入ると、左手は旧図書館、右手は二間続きの客間(和室)。旧図書館は、窓が広く明るいが、土倉氏が寄贈したといわれる蔵書は戦後までに散逸して今はない。

 銅板ぶきの公会堂は板張り。完成当時はシャンデリアが架かるモダンな部屋で、弁論大会などが催されていた。また剣道大会は昔から盛んで今も行われている。毎年夏に大学の剣道部などが合宿に訪れる。その際は客間で泊まって公会堂で練習するという。この建物は、大滝の住人の心のよりどころであり、今も昔も剣士の聖地ともいえる。


DATA

● 大滝公会堂 ●

川上村大滝

見学や使用(有料)に関しては公民館長の松本博行さん方へ

電話0746(53)2021

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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