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やまと建築詩

福飯家住宅(御所市)

重厚さの中に日本の美

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▲ひな人形が飾られた玄関。床の上には大峰の講板が飾られている

 竹内峠に続く伊勢街道と和歌山に通じる大和街道、吉野方面に通じる伊勢南街道を結ぶ高野街道が町を南北に走る御所町(ごせまち)。江戸時代に交通の要所として発展し、西国札所巡礼や伊勢信仰のおかげ参りの人たちでにぎわった。当時の記録文書によると文政13年のおかげ参りは6カ月間で9729人の旅人が宿泊し、町を挙げて接待したと記録に残されている。

 当時「町(まち)」と呼ばれたのは奈良、郡山、今井(橿原)、御所。東西750メートル、南北300メートルの範囲に当時の繁栄を示す重厚な商家が並ぶ。御所町も円照寺を中心とした寺内町の東御所と商家が並ぶ西御所がある。福飯(ふくい)家は西御所の北西の入り口、鉤(かぎ)形になった道「遠見遮断」の脇にある。


▲改造され土間にできた部屋から仏間を眺める。
この部屋は座敷より一段低い

▲幅1.8mもある大きな階段も旅館時代の名残

▲行者街道に面する福飯家

▲2階の客間は全部で6室。
それぞれ床や欄間の意匠が違い、凝っている


 福飯家は慶安4(1651)年から昭和37年まで旅館(旅籠=はたご)を営んでいた。「土佐喜」の屋号で、吉野大峰に向かう参拝者が途中に立ち寄ったり、御所市の吉祥草寺への宿として利用されていた。大正から戦前にかけて「土佐屋」の屋号で呉服屋を営んだ時期もある。その後、製氷業の後、はるさめの製造販売を始め現在に至っている。

 現存する建物は明治32年に建てられた。約110年の歴史がある。広い敷地に通りに面して主屋。廊下を通じて離れがつながる。何度も改築を繰り返し、間取りも変更されている。最近では10年ほど前に生活しやすいように改造され、今も住居として使用しているが、旅館時代の名残も多い。

 現在は主屋の玄関から入ると左が和室、右手は土間になっている。和室の右手奥に廊下があり、離れまで続いている。廊下に出てすぐ左手に仏間など三間が続く。廊下の反対側には台所と居間。主屋端には幅約1.8メートルの大きな階段があり2階へ続く。2階は旅館時代を色濃く残す。客間は中央の廊下を挟んで六間。いずれも床や豪華な欄間がうかがえる。

 離れの2階には大広間がある。往時は結婚式などが行われたという部屋で今も大切に使われている。この窓からは、言い伝えが残る二つの灯篭(とうろう)のある中庭も見渡せる。切り妻と入り母屋を組み合わせた重厚な和風建築。内外装ともに凝った意匠からも日本の美を強く伝える。御所町の顔のひとつだ。


DATA

● 福飯家住宅 ●

御所市西町1113

住居として使用しているため見学などはできないが、毎年11月の霜月祭(今年は11月8日の予定)のときだけ玄関付近に限り見学できる。

問い合わせはNPO法人ごせまちネットワーク・創(そう)、電話0745(65)1201

同法人ではボランティアガイドスタッフによる御所町の案内なども行っている

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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