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やまと建築詩

天理大学創設者記念館・若江の家(天理市)

建学の精神宿し優雅に

MainPhoto

▲イチョウの木に囲まれて建つ若江の家。
大正ロマンを感じさせる重厚でしょうしゃな洋館を見ると大学構内とは思えない雰囲気

 大正13年春、現在の大阪府東大阪市岩田町にあった天理教大阪教務支庁敷地内に、旧制大阪高等学校に通う二代真柱、中山正善氏の「管長公勉強室」として建てられた。同15年三月に卒業するまで、ここから通学していたという。中山氏はここで天理外国語学校の創設に関する天理教青年会の会議を開き同校を設立。これが今の天理大学に発展する。

 同大学の創立30周年を記念して昭和30年、「建学の精神」を宿した意義をもつ建物として天理市の現在地に移築された。かつての所在地、若江岩田から名前を取って「若江の家」と名づけられた。その後は事務所や会議室、交換留学生の宿舎に使われた後、平成17年に中山氏の生誕100年を期に、創設者記念館として開館した。同氏や天理スポーツなどをパネルやゆかりの品々で紹介する展示コーナーなどがあり一般公開されている。


▲創設者紹介展示室にある
ステンドグラスとシャンデリア

▲幾多の会議が行われた「管長公勉強室」
には重厚なイスやテーブル、時計なども残る

▲洋館ながら内部には立派な
書院造りの和室が備わる


 大阪時代は、若江の家と日本家屋が廊下でつながった構造になっていた。当初は木造2階建て。洋館部分の設計は日本で最初の住宅供給会社で洋館の専門会社の「あめりか屋」。ドイツやイギリスにある木骨を見せた「チューダー様式」や、モルタルをコテで弾き飛ばす「ドイツ壁」が特徴。天理に移築された際に、斜面を利用してコンクリート造りの地階部分が増築され3階建てになった。

 公開しているのは木造の旧1階、旧2階部分。入り口から入ると右手に受付。左側は書院造りの二間続きの和室がある。さらに進むと創設者紹介展示室。左手は天理スポーツ展示室。いずれも旧来の洋室を利用し、暖炉なども残る。反対側にはサロンがあるが、この部分は、大阪にあったとき、日本家屋とつながっていたという。

 優雅な階段を上ると旧2階には4室あり、中央の部屋は勉強室。天理外国語学校創設の会議もここで行われていたらしい。獅子(しし)の細工が施された重厚なテーブルやいすが今も残る。この家のシンボル的な部屋だ。展示室2室も洋室を利用したものであちこちに名残が見受けられる。

 建学の精神を引き継ぐ建物は美しく優雅。大正ロマンを色濃く残す。長い天理大学の歴史をうかがい知ることができる建物だ。

▲反対の道路側から見ると地階部分が増築され
3階建てになっているのがよく分かる



DATA

● 天理大学創設者記念館(若江の家) ●

天理市杣之内町1050

見学は毎週水曜日と毎月25、26日。いずれも午前10時から午後4時まで

入館は無料

問い合わせは、同館:0743(63)2807へ

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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