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やまと建築詩

鼓阪小学校本館(奈良市)

世界遺産の中 堂々と

MainPhoto

▲いくつかの窓は塞がれたが上下に大きな窓などに当時の面影が残る講堂内部

 東大寺転害門脇にある校内には、正倉院に移された聖語倉の礎石も残されるなど世界遺産の中に立つ学校だ。本館は鉄筋コンクリート造りで大きな瓦屋根が特徴。寺院のような重厚な建物が周囲の歴史ある風景に調和している。

 歴史は明治7年、奈良市北御門町の五劫院に又新舎(ゆうしんしゃ)、同市東之阪町の光蓮寺を精勤舎として開校したことにさかのぼる。これら私学校を統合、東大寺塔頭の惣持院を譲り受けて明治11年に現在地に移転し、今の同小の基礎ができた。明治25年、同30年に校地の拡張を行い昭和7年に新校舎も完成した。

▲明かり取りのある廊下を挟んで
左は講堂に隣接する放送室や印刷室、
右は職員室

▲玄関脇の下足室には
上部にアールの付いた出入り口が設けられ
優雅さを演出する

▲重厚な雰囲気の応接室

 ところが創立60目年の年、昭和9年9月に近畿地方が室戸台風に襲われ、同校も壊滅的な被害を受けた。本館はこのときに再建されたもので、昭和11年に完成した。建設費は当時の金で約8万7000円余り。宮内庁から異例の4000円の御下賜金が出た。昭和48年に創立100周年を迎え、現在は134年の歴史を重ねている。

 本館は校地南にある正門から入ってすぐにある。大きな車寄せと破風造りの大屋根の建物は、建築時とさほど変わっていないようだ。床板や天井、一部の窓を埋めてバスケットボールのゴールを埋めていることなどが変更点だが、白いモルタルの壁はいつも美しく輝く。

 主に本館は講堂、ロビー、職員室、校長室、応接室からなり、職員室と講堂の間には廊下が一本走る。いずれの室内もよく原形を残す。本館南側にプールができたため車寄せは自動車が転回できなくなった。

 だが大型自動車が横付けできる屋根は学校とは思えない立派なもの。玄関脇のホールは当時、子どもたちの出入り口として考えられたという。玄関脇にある下足室の入り口はアール(半円)を描き、職員室脇にある壁は曲面を描くなど優雅。建設時は奈良市に公会堂などはなく、この講堂を兼用することを考えられていたため、随所に戦前の建築物にみられる華やかさが感じられる。

 昭和35年ごろに1学年約250人とピークを迎えたが、いま全校児童数は152人。児童たちは元気に「話す・きく・そしてつながる」を目標に世界遺産の中で学んでいる。

▲複雑に組み合わされた本館の屋根。
大きく立派な屋根は宗教建築物のようにも見える



DATA

● 奈良市立鼓阪小学校本館 ●

奈良市雑司町97

学校として使用しているため見学等はできないが、敷地外から外観は見ることができる。

問い合わせは同小学校、TEL:0742(26)5006

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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