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やまと建築詩

旧県立大宇陀高校菟田野分校(宇陀市菟田野区)

幾多の思い出包む静寂

MainPhoto

▲最後の卒業式から約1カ月。
廊下は今も美しく閉校になったとは思えない

 3月1日に卒業式を行い「わが母校 ここにありき 菟田野分校」と書かれた記念碑の除幕が行われ、家庭科女子生徒6人が最後の卒業生として巣立った。58年間で約640人の卒業生を輩出した同分校。昼間定時制の同校は、昭和40年代の最盛期には1学年、40人を超す時代もあったが、何度も閉校の危機を乗り越えてきた。最後の生徒は香芝や橿原、田原本など町外の生徒ばかりとなり、地域に愛され続けた学校も、最後の時を迎えた。

 旧宇賀志村は、戦後の学制改革による青年学校の廃止により、これに代わる教育機関の設置をと、昭和23年12月22日に、県立大宇陀高校宇賀志分校を開校した。開校当初は農業科9人、家庭科19人の28人で、旧宇賀志村駒帰の宇賀志公民館を仮校舎に授業を開始した。その後、運動場の拡張や宇賀志小学校の2教室を借用し家庭科教室に転用するなど施設整備を進め、昭和30年9月に新校舎を建設した。

▲もとは講堂だったのか。
西校舎の情報教育室にはステージも

▲モクレンの花が満開の運動場。
咲き始めたサクラを楽しむ生徒はもういない

▲明るい光が入る調理室。
ここも美しく使われた跡が

▲西校舎の通路にある黒板には
生徒たちの思いがつづられている

 宇賀志村は昭和31年8月に宇太町との合併で菟田野町になり、同校の名称も大宇陀高校菟田野分校(町立)に。校舎も同33年3月に、統合で空き家となった旧宇賀志中学の校舎に移転し現在に至った。校舎は、昭和23年に完成した本館を中心に28年にかけて増築が行われた建物。

 国道166号から少し西に入ると宇賀志川に沿って校舎が見える。運動場を通って本館に。木の扉を開けると玄関で横には職員室があり、廊下を歩くと小さな部屋が並んでいる。これは、相談室や保健室などの跡で、廃校後は設備が撤去され面影がなくなっている。廊下の突き当たりを曲がると左手には宿直室兼礼法室の和室。廊下は右に折れて1年から4年までの教室と調理室が並んでいる。各教室は少ない生徒数に合わせたのか、かなり小ぶり。最後の生徒6人も家庭的な授業を受けたのではないかと想像できる。

 渡り廊下を通ると図書室兼視聴覚室や洋裁・和裁室、情報教育室がある西校舎。ここは講堂だったようで、情報教育室の端には舞台があり、この建物全体に天井も高い。西校舎北側は建物が傾いている影響で昭和60年から閉鎖されている。古いがよく手入れし大切に使われてきた校舎。渡り廊下脇に「さようなら ありがとう 菟田野分校」などと書かれた惜別の言葉が黒板に書かれ、もう学校としての使命を終えたのだと再認識する。だが、閉鎖され倉庫になっている教室の黒板には「マスコット人形」の作り方が書かれたまま。時間が止まったようだった。



DATA

● 旧県立大宇陀高校宇陀市立菟田野分校 ●

宇陀市菟田野区駒帰101

同校は平成18年度で閉校。校舎の活用方法などは未定となっている。

見学は周りの道路から外観のみ可能。

【問い合わせ】
宇陀市役所菟田野地域事務所地域教育総務課、電話0745(84)2521

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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