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やまと建築詩

旧前坊家住宅(大和郡山市)

地形活用した吉野建て

 前坊(まえぼう)家は、代々吉野水分神社の神官を勤めたと伝えられ、この住宅は吉野町吉野山の金峯山寺仁王門と発心門(金鳥居)の間の門前町筋にあった。

MainPhoto

▲主屋から離れ座敷に向かう渡り廊下
左側には風呂や便所、小部屋が並ぶ


 大和郡山市の県立民俗博物館に移築されたのは主屋と渡り廊下、離れ座敷の3棟。これらの建築年代を示す資料は明らかではなかったが、解体時の部材調査などから主屋の居室や表側4室の柱が18世紀中ごろ、とみられている。再利用材もあるところから、弘化年間(1844~1847年)ごろに主屋の大修理や改造を加え、順に渡り廊下や離れ座敷を建てていったとみられている。

 元々は大通りに北面して建っていた。簡単な宅地造成した土地に地形を利用して建てる懸(かけ)造り。吉野建てと呼ばれ親しまれている建築方法だ。


▲「みせおく」の間の格子越しに見た「ざしき」

▲ミシンが置かれた「みせのま」

▲離れ座敷からみた主屋と渡り廊下
板張りに杉皮ぶきの容姿は吉野地方の建物に多い
谷側から見た主屋は柴置き場を含め三層構造

 この住宅では、道路に面した主屋は2階建てで、地下は柴(しば)置き場になっている。離れ座敷とは渡り廊下で結ばれているが、渡り廊下には風呂や便所、小部屋が2室設けられている。離れ座敷は1階が物入れ、2階は座敷となり、主屋の1階と離れ座敷の2階が結ばれている。

 主屋から屋内に入ると長い通り土間がある。変形の6間取りで、道路側は「みせ」や「みせおく」の間。「なかのま」「なんど」の奥に「だいどころ」や書院が付属する「ざしき」と続く。10メートルを超える渡り廊下の先には離れ座敷があり、書院がつく「かみのま」など座敷3室が設けられている。「みせのま」脇に階段があり2階へ。2階にも座敷2間がある。全体としてはとても大きな住宅だ。


▲「なかのま」前の渡り廊下に設けられた「かまど」


DATA

● 旧前坊家住宅 ●

大和郡山市矢田町545(県立大和民俗公園内)
民家は入館無料。

見学時間は午前9時から午後4時まで。休館日は毎週月曜日と年末年始など。

民家内での写真撮影は事前に民俗博物館窓口で手続きを。

【問い合わせ】
県立民俗博物館、電話:0743(53)3171

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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