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万葉の景色

正倉院展

花開く天平文化、御蓋山の祈り

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▲遣唐使として旅立つ藤原清河らの安全を祈る
祭事が開かれた御蓋山をはじめ春日奥山、万葉歌にも詠まれた高円山、
さらに奈良市街はもとより大和平和がワイドに一望できる若草山頂。
清河は大仏開眼会を目前に控え、旅立ったものの
二度と祖国の地を踏むことはできなかった。夕暮れ以降の景観も圧巻。
近年、「新日本三大夜景」の一つに選ばれた【奈良市雑司町】

 つややかな天平の息吹を今に伝える恒例の正倉院展が始まった。聖武天皇、光明皇后愛用の品々をはじめ東大寺ゆかりの仏具などを展示する古都の秋の風物詩。会場となる奈良国立博物館(奈良市登大路町)は、いにしえ華やかな王朝文化の一端を垣間見る逸品にかたずをのむ人々でにぎわっている。

 絵画、書、金工、漆工、木工、刀剣、陶器、ガラス器、楽器、仮面など古代の美術工芸の粋を集めた作品が多数残されているほか、東大寺大仏開眼法要にかかわる歴史的な品や文書、古代の薬品など多彩。中には遣唐使らがもたらした舶来の品も数多く含まれている。

 遣隋使を継ぎ、一回目の遣唐使が派遣されたのが630年。大陸を目指し、また先端の技術と文物を携えた渡来人が大和の地を踏んだ。光明皇后は天平勝宝2(750)年、遣唐使として旅立つ甥(おい)の藤原清河へのはなむけに歌を詠んでいる。

『 大船に 真楫(まかじ)しじ貫き この吾子を 唐国へ遣る 斎へ神たち 』(巻19~4240)

 春日の御蓋(みかさ)山で開かれた航海の安全を祈る祭事での歌といわれ、万葉に残る光明皇后が詠んだ四首のうちの一つ。清河は無事、唐の都・長安に到着、任を果たすも再び、祖国の土を踏むことはなかった。夕刻、若草山の山頂に立った。太陽が目にまばゆく、風になびくススキが黄金色に輝き出した。東大寺大仏殿や正倉院、平城宮跡が眼下に広がるのも束の間、生駒の山並みに日が沈むと色を失った。


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▲重厚なたたずまいが目を引く奈良国立博物館
がライトに浮かび、観光客を迎える。
ネオバロック様式の本館は明治28年に開館。
東西新館は正倉院の校倉造りをイメージしている【奈良市登大路町】


写真と文 牡丹 賢治


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