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万葉の景色

春・田原

地中から春告げる顔

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▲拳状に巻いた新芽が地中からお目見え、
春の到来を告げるサワラビ。春日大社神苑で撮影。
同神苑は昭和7年、万葉集ゆかりの地、春日野の地にオープン。
万葉の草木を集めた植物園として最古の歴史を誇る(奈良市春日野町)

 『 石ばしる 垂水の上の さ蕨(わらび)の 萌え出づる春に なりにけるかも 』(巻8―1418)

 春を象徴する万葉歌の一つ。「勢いよく流れ落ち、水しぶきが辺りを濡(ぬ)らす滝のほとりに、ワラビが芽を出した。春がきたんだなぁ」。歓びの歌と記された志貴皇子の代表作としても知られている。

 春の到来を待ちわびる万葉人、その気持ちを草木に託し詠んだ歌が数多くある。必ずしも春をイメージしているとは限らないが、ウメの119首をはじめサクラの47首、ヤナギの36首、フジの26首などと比べ、ワラビは志貴皇子が詠んだ1首のみ。今なおなじみ深い山菜だけに不思議な気がする。一説では菜や春菜、若菜などの名で詠まれている歌もワラビが題材とか。早春、白茶色の綿毛に覆われた拳状に巻いた新芽が地中からお目見え。シダの一種で野原や高原、山地などに生え、生命力も強い。サワラビは煮炊きなどに用い食卓を彩る。

 さて、天智天皇の皇子、志貴皇子は壬申の乱の生き残り。天武天皇系全盛の時代、天智系は出る幕もなく、もちろんのことながら政治の中枢からも疎外されていた。それが幸いしたのだろうか、後世にすばらしい万葉の歌を残す結果に。才能は受け継がれ妻の多紀皇女、息子の湯原王、榎井王、春日王、孫の安貴王…と名だたる万葉歌人として秀作を世に出した。「石ばしる…」ものびやかな作風で、自然を詠んだ明るい歌と評価が高い。決して恵まれた境遇とは言えないだけに、複雑な思いも…。

 奈良市東部、山間部に志貴皇子が眠る田原西陵がある。高円山の麓(ふもと)に寄り添うように建つ皇子ゆかりの古刹(こさつ)白毫寺をかすめ、東へと越えると田原の里に。寺から距離にして5kmほど、茶畑が広がるのどかな山里に葬られている。皇子は後に春日宮天皇と追尊され、現在、宮内庁が管理。背丈ほどの切り通しが一直線に延び、その先に小ぶりながら手入れが行き届いた陵がひっそりたたずむ。辺りにはワラビやツクシが顔をのぞかせていた。

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▲茶畑が広がる「田原西陵」周辺。
八十八夜も過ぎ、大和茶の初摘みが始まる
(奈良市矢田原町)


写真と文 牡丹 賢治


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