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万葉の景色

竹田の原

鶴鳴く稲田で娘思う

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▲竹田の原にひっそり鎮座する竹田神社。境内に万葉歌碑も
(橿原市東竹田町)

 大和三山の一つ、耳成山の北東すぐ、桜井市に隣接する橿原市東竹田町一帯は、その昔、大伴氏の私有地があった辺りで竹田の庄と呼ばれていた。

 『 うち渡す 竹田の原に 鳴く鶴(つる)の 間鳴く時なし わが恋ふらくは 』
大伴坂上郎女(巻4~760)

 香久山や畝傍山をはじめ三輪山なども一望できる平野の真ん中、その名の通り「竹田の原」は、いま以上の眺望が楽しめたに違いない。残念ながら万葉の面影は皆無だが、町内を流れる寺川に架かる竹田の原橋の欄干に「…竹田の原に 鳴く鶴の…」と万葉歌が刻まれている。飾り気のない無機質な橋だが、ほっと心癒やされる。

 この歌は坂上郎女が一家の中心として稲刈りの采配に出掛けた際、奈良・佐保に住む娘・大嬢(おおいらつめ)に贈ったもの。竹田の原には毎日、鶴が飛んできて鳴いているが、あなたは元気にしていますか…といった内容。鳴く鶴に募る娘への思いを詠んだものだが、今なら車で3、40分の距離も、当時ははるか遠いところだったようだ。

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町内を流れる寺川に架かる橋の欄干にも
「うち渡す 竹田の原に…」という歌碑が刻まれている

 耳成高校の北、集落が密集する中に小さな社(やしろ)がひっそりたたずむ。竹田神社がそれで稲穂の神といわれる祖神火明命(ほあかりのみこと)が祭られている。くどいようだが、広々とした田園地帯であった当地にあり、五穀豊穣(ほうじょう)を祈ったのだろう。同じ歌が刻まれた碑が立つ。

 訪れた日、社殿に手を合わせるお年寄りに出会った。今も地域の住民らが大切に敬っている。改修工事が進む寺川で鴨(かも)を見つけた。歌が詠まれたころは当地にも鶴が飛来していたのだろうか…。万葉集に登場する鶴はタヅと呼ばれていた。水辺や田んぼで微動だにせず、直立する鳥がタヅの語源とか。


写真と文 牡丹 賢治

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