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万葉の景色

西の京

政府直営“マーケット”

▲大宮人20万人の衣食住を支えた「西の市」跡。
政府直営の“マーケット”として栄えた
(大和郡山市九条町)

 前回の「東の市」に対し、「西の市」は現在の近鉄橿原線九条駅の東側、奈良市との境界に位置する田畑と住宅が混在する大和郡山市九条町あたりという。スーパーや商店、マンションが建ち並ぶ県道脇の一角には「平城京西市跡」などと彫られた石柱もある。

 ここは当時、都城内に設けられたわが国初の政府直営の“マーケット”として、大宮人20万人の生活を支え、にぎわったという。市場内では「西市交易銭」という木簡が流通していたとも。昭和55年、奈良国立文化財研究所などの発掘調査でその木簡をはじめ建物跡や井戸、土器などが出土している。

『 西の市に ただ独り出でて 眼並べず 買ひてし絹の 商(あき)じこりかも 』
  作者不詳(巻七~一二六四)

 独りで決め買った絹だったが…。気に入って買ったものの、家に持ち帰りよくよく見ると「あっ」とため息を吐き、悔やむことは誰しも一回や二回は経験があるはず。万葉の時代も同じ思いをし、歌になるとは。ただ、この歌の絹は女性のことという説も。そうだとすれば笑い事ですまされまい。

 近くを流れる秋篠川は平城京造営時、条坊に合わせ直線化された人工の河川という。佐保川から別れ、西の市へ物資を運ぶ水路として活用され「西の堀川」と呼ばれていた。西堀川は薬師寺の東大門の前を流れ、京内を流下。さらに河川を集め飛鳥川から大和川を経て難波の海へ。逆にさまざまな荷がこの川筋を遡り、平城の都に持ち込まれたことだろう。

 取材当日は台風が接近。秋雨前線が押し上げられたうえ、南から湿った風が流れ込んで雨模様。空は白み、薬師寺の塔がぼんやり浮かび風情豊かだった。しかし稲刈りを終えた田は何となく寂しげだ。一夜明け台風一過、秋篠川沿いのススキが夕日に透け黄金に輝く。躍動感を感じた。


▲躍動感いっぱい、秋篠川沿いのススキが夕日に輝く。
後方が県道でスーパーや商店、マンションが建ち並ぶ


写真と文 牡丹 賢治

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