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万葉の景色

東の市

黄金色の稲穂波打つ

▲頭を垂れ黄金に輝く稲穂は日本の原風景、秋そのもの。
にぎわった「東の市」の面影はないが、収穫に活気づく。
後方左が辰市神社(奈良市杏町)

 その昔、平城の都には東西に市が立ち、衣食住に関する品々を扱う店が軒を連ねた。「東の市」は左京八条二坊、現在の奈良市杏(からもも)町や西九条町周辺。「西の市」は右京八条二坊、今の大和郡山市九条町、近鉄九条駅東側あたりという。

 生活に必要なあらゆるものが並び、大勢の人が行き交う市は今も昔も活気にあふれ、顔見知りはもちろん、見知らぬ人と人の出会いの場でもあったであろう。憩いの場として整備されていたにも違いない。想像が膨らむ。「東の市」が舞台の歌がある。

『 東の 市の植木の 木垂るまで  逢はず久しみ うべ恋ひにけり 』   門部王(巻3-310)

 市の並木(植木)が大きく育ち、枝が折れてしまいそう。そうそう、あの女(ひと)には随分長い間逢(あ)っていないなぁ…。なぜ逢えないのだろう。思いは募るばかり。門部王は長皇子(天武天皇の子)の孫で天平6(734)年、朱雀門で催された歌垣の世話係を務めている。

 いま平成の世、にぎわった市の面影はない。市があったといわれている辰市神社境内に歌碑がひっそりたたずむも、それ目当てに訪れる人は皆無。が、町の鎮守として親しまれているのだろうか、住宅が建ち並ぶ中、うっそうと茂る木々が目を引く。このあたり、市街地にありながれら田畑も随分あり、この時期、頭を垂れた稲穂が波打つ。

 取材当日も稲刈り機の音が響き、農作業に追われる人が目についた。ご多分にもれず、専業の農家は少ないようで、「明日、天気が悪いと聞き、少しでも刈っておこうと」と。勤めを終えた後、遅くまで田に出る。日が西に傾きだすと、稲穂は長い影と落とし黄金色が際立つ。

 「東の市」に対して、「西の市」。もちろん万葉にも詠まれ歌碑が残る。さて近いうちに出掛けよう。


▲うっそうと茂る木々に覆われた“町の鎮守”。
碑がひっそりたたずむ


写真と文 牡丹 賢治

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