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万葉の景色

芋 峠(いもとうげ)

▲芋峠は木々に覆われた、いにしえの道。
峠を越え飛鳥・吉野間を往来する人は皆無だが
並走する新道は乗用車でこの峠を楽に越え、往復もしきり。
苔むす古道、木漏れ日がまばゆい(明日香村栢森)

 明日香から吉野へ向かうには飛鳥川をさかのぼり稲渕から栢森、芋峠(いもとうげ)を越え千股へ下る道など幾つかある。最も東寄りが宇陀の阿騎野に出、津風呂湖に至る関戸峠で壬申の乱の旗揚げをした大海人皇子が越えたといわれている。次は山田道から倉橋を経て竜門岳の西、細峠を越えるコース。江戸時代に芭蕉がたどり句を残している。

 雪の降る日に天武天皇が吉野を目指した竜在峠越えや高取山のふもとを通る壷阪峠なども知られている。国道169号に沿う芦原峠、さらに、いちばん西が古瀬からの今木峠越え。都びとがさまざまな思いを胸に訪れた吉野は山越えが不可欠。今、新道が走り往来が盛んな道もあるが、当時、どの道をたどったにせよ生やさしい道程ではない。

『 宇治間山 朝風寒し 旅にして 衣貸すべき 妹もあらなくに 』
 長屋王(巻一~七五)

 文武天皇の吉野行幸時の作という。宇治間山は千股北方の山という説が有力なだけに行幸の列は芋峠を越え、吉野に向かったと考えるのが自然だ。古道芋峠道に「万葉の大和路」より、芋峠までくれば、吉野の山々が一つ一つ数えることができる。空気も国原とはとみに変わった感である…などと記し、犬養孝氏の言葉を引用した案内板がたたずむ。木々に覆われた苔(こけ)むす古道は訪れる人もほとんどなく静寂の世界。木もれ日だけがまぶしく輝き、時折新道を乗用車が走り抜ける。もちろん、峠を楽に越え飛鳥・吉野間を最短で結ぶ。

 さて棚田百選に名を連ねる稲渕地区などは今、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が満開。この花は万葉には「いちし」の名で一首だけ登場。頭(こうべ)を下げ、黄金に輝く稲と段々の畔を覆う真っ赤な花とのコントラストが見事で写真愛好家らが連日、押し寄せている。「万葉の明日香路に月を観る会」がきょう26日、石舞台わきの「あすか風舞台」で開かれるほか、11月28日まで飛鳥京観光協会などが彩り豊かなさまざまなイベントを一帯で繰り広げる。

▲段々の畔を帯状に覆い尽くす曼珠沙華。
明日香全域で見られるが、特に稲渕周辺は見事だ>


写真と文 牡丹 賢治

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