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やまと建築詩

石州流茶道宗家高林庵(大和郡山市)

武士の茶しのぶ「聖地」

 石州流茶道流祖・片桐石見守貞昌(石州)の旧片桐城跡が現在の財団法人高林庵。石州流茶道宗家の本部であり、片桐家の居宅ともなっている。

茶室「月庵」

▲茶室「月庵」は出雲松江藩7代藩主の松平不昧公ゆかりの茶室。
茶室中央を仕切った独特の構造で「お互いの境遇を侵さずにお茶を楽しむ」
という武家茶道独特の考えがみられる

 片桐石州は大和小泉藩の二代藩主であり徳川家綱の茶道指南だった。石州流茶道は江戸幕府御政道の茶として、大名や武家、御家人らを中心に日本各地に普及し「武士(もののふ)の茶道」と呼ばれているという。

 高林庵の西側には「薙刀(なぎなた)堀」と呼ばれる池があり石垣と建物が城跡をしのばせる。中世に地侍の小泉氏が小泉陣屋を建て、この一帯を治めていた。天正13(1583)年、豊臣秀長が郡山城主として入部した折、三家老のひとり羽田長門守が小泉陣屋に居を構えたときに造られたのがこの池。元和元(1623)年に片桐貞昌の父貞隆が小泉に陣屋を築くとき、この池を利用し屋敷を設けたのが高林庵の始まりとされる。

 石州流の聖地といえる高林庵は内庭、中庭、裏庭、玄関と四つの庭を持つ広大な敷地に建つ。敷地の北側には明治初期に東京から移築した江戸屋敷の上段の間がある。御殿とも呼ばれるこの建物には片桐家の大きな仏壇などもあり、11月の石州忌をはじめ四季を通じて行事が行われている。

 「御殿」を含め炉の設けられた茶室が合計11。さすが「聖地」と実感させられる。どの茶室も由緒があり、それぞれが渡り廊下や建物同士が隣接するなどしている。裏庭には片桐稲荷や弁財天を祀(まつ)るお堂もあり、その規模の大きさに驚かされるばかり。

高林庵西面

▲白壁となまこ壁が美しい高林庵西面。
薙刀(なぎなた)堀から見ると旧片桐城をほうふつさせる

炉の設けられた茶室

▲炉の設けられた茶室は合計11にもおよぶ高林庵。
茶室ひとつひとつにもそれぞれ歴史がある

上段の間

▲江戸屋敷から移築した上段の間。
ここでは四季を通じて石州流の多くの行事が行われる

大きな仏壇

▲上段の間の脇には片桐家に伝わる大きな仏壇も


DATA

● 石州流茶道宗家高林庵 ●

大和郡山市小泉町2252

見学希望者は同住所の財団法人高林庵へ書面で相談

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)

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