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万葉の景色

奈良の明日香 ならまち

心和ませる元興寺の門前町

元興寺塔跡

▲17の礎石がひっそりたたずむ元興寺塔跡(奈良市芝新屋町)

 江戸時代末期から明治時代にかけての町家の面影を色濃く伝える「ならまち」。南都七大寺のひとつ、元興寺の門前町として栄え、平成の世も人の心を和ませるたたずまいを残す。天平10(738)年、その元興寺の僧が自らを詠んだ歌がある。

『 白珠は 人に知らえず 知らずともよし 知らずとも われし知られば 知らずともよし 』
 (巻6-1018)

 五七七、五七七と繰り返しが心地いい旋頭歌。僧といえばエリート階級。この僧も例外ではないようだが、周囲は彼を軽んじていたらしい。白珠は美しい石や玉を意味し、ここでは自らの学才を指し認められない己を嘆いた。

 元興寺は明日香に建立された法興寺(現・飛鳥寺)が平城遷都とともに移された寺。当時は今の元興寺極楽坊を含め広大な寺域を誇っていた。現在、石碑と17の礎石のならぶ塔の跡が、ひっそりと昔をしのぶ。

 飛鳥大仏がシンボルの飛鳥寺が「本元興寺」、奈良が「新元興寺」とも呼ばれている。大伴坂上郎女の歌も。

『 故郷の 飛鳥はあれど 青丹よし 平城の明日香を 見らくしよしも 』 (巻6-992)

 以前住んでいた明日香もいいところだが、奈良の明日香もなかなかすてきなところだよ…。さて、この町は新年早々注目を浴びている。民家の軒先にユニークな「身代わり猿」という赤いぬいぐるみをつるす習慣が残っているからで元興寺塔跡の前、奈良格子の民家の軒先にも。庚申信仰のお守りだが、申(さる)年にちなみ訪れる人が多い。

民家の軒先

▲民家の軒先につるされた「身代わり猿」が風に揺れる


写真と文 牡丹 賢治

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