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万葉の景色

磐瀬の杜

小さな茂みに石碑だけが

▲磐瀬の杜と伝承される小さな茂み。
万葉歌碑がひっそりとたたずむ

 大和川の北岸、龍田大社西方に広がる山を総称して龍田山と呼び、万葉の時代、龍田越えは大和から難波に出る主要ルートの1つとしてにぎわった。龍田大社の辺りから柏原(大阪府)に抜けたと思われ、現在も国道25号とJR関西線(大和路線)がこのコース沿いを走る。三郷駅を過ぎ、間もなく進行方向右手に小さな茂みがある。うっかり見過ごしそうだが、ここが磐瀬の杜(いわせのもり)。ただ、今は森もなく小さな公園といった趣。もちろん、遊具などはないが、四季折々花が咲き、石碑が残る。


『 神奈備の 岩(磐)瀬の杜の 呼子鳥 いたくな鳴きそ わが恋まさる 』 鏡女王(巻8-1419)


 神奈備の磐瀬の杜で鳴く呼子鳥(よぶこどり)よ、そんなに鳴かないでおくれ。恋しい思いがいっそう募るばかりだから…。神奈備は神宿る場所。当然、龍田大社がそれであり、人々の生活の中に息づいていたのだろう。磐瀬の杜は斑鳩など諸説あるが、大和川周辺という説がやはり説得力ある。さて、万葉には龍田越え、あるいは龍田山の歌が20首近くあるが別の機会に紹介するとしたい。

 呼子鳥。夏の鳥の代表、ホトトギスと見られる。万葉集に登場する鳥では最多の約150首を数え、鳴き声が恋しい人や亡き人の呼び声を連想させた、とか。「立夏」も過ぎ、山々の緑はいっそう鮮やか。車窓からの眺めも、この時期すがすがしい。鉄橋を渡り、一気に県府境に。

 ところで、鏡女王は額田王の姉とも言われ、若き日、中大兄皇子(のちの天智天皇)に愛された、という。歌からも想像できる控えめな人柄。墓は桜井市忍阪に何の飾り気もなくひっそりたたずむ(平成13年6月17日付)。そういえば、磐瀬の杜も控えめ…。電車が脇をスピードを上げ、通り過ぎた。

三郷町立野

▲万葉の時代、都から難波へ向かうには、
龍田越えと生駒越えが一般的だったようだ。
現在、龍田越えの具体的なルートは明らかではないが、
JR関西線がこのコース沿いを走る(三郷町立野)


写真と文 牡丹 賢治

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