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やまと建築詩

大宇陀町歴史文化館「薬の館」・旧細川家(大宇陀町)
◎町指定文化財

幕末の歴史伝える商家

 細川家の文書によると慶応2年12月1日に新撰組の伊東甲子太郎と山崎烝が泊まった、と記録されている。「薬の館」正面に掲げられている「銅板葺唐破風附(どうばんぶきからはふつき)看板」が往時の繁栄を伝えるように、同家は文化3(1806)年に薬商を営み、天保7(1835)年には「人参五臓圓」や腹薬「天寿丸」を販売し人気を得た。また細川家の2代目「治助」の二女「満津」の長男「友吉」は明治15年に藤沢家の養子となり、今日の藤沢薬品工業を創設した。

▲ドマから玄関を見ると、一番奥には向かいの民家の格子が見える。
古い町家の家並みが続く大宇陀らしい風景だ

 江戸時代末期の建築と推定されている旧細川家住宅は平成4年に同家から大宇陀町に寄贈された。また、これを受け同年11月20日に町指定文化財となった。現在では、同町の歴史文化館として町の歴史資料や、藤沢薬品や細川家ゆかりの品々を展示している。

 現在は、本館と別館の2棟が並ぶが、往時の建物規模は今の約2倍だったことが当時の絵図で分かっている。井戸3カ所、便所5カ所と現存する部分も大きい。商家として多くの人が暮らしたこの家を見てみる。

 玄関を入ると左手がミセノマ。玄関奥には庭があり左手には式台を備えた客用の玄関がある。この部分は四間取りで主人用の居住スペースとなっていた。この居室奥には明治以降に増築された座敷があるが、広いトコや豪華な襖(ふすま)などに繁栄の跡がうかがえる。また、ふんだんに使われたガラスはこの増築時のもので、波打つ表面のガラスは今では珍しい。

 庭の奥はダイドコで大きなカマドが設けられている。広い板の間では当時、同家の使用人たちが食事をしたところ。ダイドコの左手奥は和室と内蔵で、廊下は2つの内蔵につながっている。裏庭には2つの蔵と蔵跡も。

 館内には至るところに展示物が飾られている。当時の暮らしぶりは想像するしかないが、新撰組の2人が泊まった当時のことを思いながら館内を見て回るのもいいだろう。


看板

▲旧細川家の特徴は大きな銅板ぶきの屋根が付いた看板。
薬商だった同家の代表的な銘柄が描かれている。
また、軒下にはウダツも見える



DATA

● 大宇陀町歴史文化館「薬の館」 旧細川家 ●

大宇陀町大字上2003

見学は毎週月・火曜日と12月15日から1月15日まで休館。
ただし、3月29日から5月11日までの特別展開催中は無休。
見学時間は午前10時から午後4時まで。

入場料は大人(高校生以上)は300円
小・中学生は150円。団体割引あり

【問い合わせ】
同館、電話:0745-83-3988

写真と文 本紙・藤井博信(日本写真家協会会員)

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