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万葉の景色

本薬師寺跡

涼しげな薄紫の花

ホテイアオイ

▲暑い盛り、薄紫色のかれんな花が心を癒す。
本薬師寺跡を取り囲むように水田に植えられたホテイアオイも今が盛り
(橿原市の城殿町)

 天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願し造営。しかし、完成後20年ほどで西の京に移された寺跡が、畝傍山から香久山に向かう途中にある。薬師寺の前身で、今も金堂と東西両塔の礎石が残る。本薬師寺がそれで、当時としては斬新な伽藍(がらん)配置だったことが容易に想像できる。ちょうど橿原市の花いっぱい推進事業の一環で、取り囲む水田に植えられたホテイアオイが見ごろ。暑い盛り、清そで涼しげな薄紫色のかれんな花が心を癒やす。

 古びた本薬師寺跡の説明板とともに万葉歌碑がある。

 『 わすれ草 わが紐に付く 香具山の 故りにし里 忘れむがため 』
大伴旅人(巻3-334)


 家持の父、旅人が大宰帥(だだいのそち)として赴任したとき、すでに60歳を過ぎていたという。都では政治の中枢を藤原氏が掌握。はるか離れた九州で旅人は何を思っていたのだろうか。歌意をひもとく。わすれ草を私は紐(ひも)につけ、身につけている。懐かしい故郷の香久山をひとときでも忘れるために…。さて、わすれ草とは現在のカンゾウを指し、万葉歌には4首詠まれている。

 ユリに似た鮮やかな朱色の花で、暑い真夏の日差しの下、咲き誇る。別名を忘憂草といい、中国では憂いを忘れさせてくれる草と崇められたとか。この話が日本に伝わると、当時の人は嫌なことや悲しいことなど、いわゆる憂いを忘れようと、カンゾウの花や茎葉を身につけることが流行したらしい。歌からも納得できる。

 盛りのホテイアオイ。大きく膨らんだ葉柄が七福神の布袋(ほてい)さまの腹のようだ、と名付けられた。南米が原産で日本には明治時代に渡来した。カンゾウとはまったく異質の植物だが、ともに夏が似合う。ホテイアオイと同じミズアオイ科の水生植物、コナギは万葉集にも登場。水田や用水路のふちの雑草に混じって生えていたのだろうか。ギラギラ照りつける日射しが輝く水面に野鳥が飛来、羽根を休めていた。


金堂や塔の礎石や土壇金堂や塔の礎石や土壇

▲薬師寺の前身で、天武9(680)年に創建。
その後、西ノ京に移され今は金堂や塔の礎石や土壇、
塔心礎が残るだけだが、その配置や大きさから雄大なスケールがしのばれる


写真と文 牡丹 賢治

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