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万葉の景色

隠口の泊瀬(こもりくはつせ)

里に点在する故地

隠口の泊瀬

▲「隠口の泊瀬」朝倉付近。万葉故地が点在する(桜井市脇本)

 桜井市東部、隠口(こもりく)のという枕詞を伴う泊瀬(はつせ)。大和国原に住む万葉人にとっては、山の向こうはるか離れた里といった趣だったに違いない。今も近鉄大阪線からの景色は、桜井駅を過ぎた辺りから一変する。次第に山が迫り、上り坂が続く。

 初瀬川をはさみ、国道165号も通る。古くは初瀬詣で、伊勢参りの参詣道として親しまれた。慈恩寺、脇本、黒崎などをたどり初瀬に至る。国道に寄り添うように旧道が走る万葉のメッカ。故地が点在し、歌碑があちこちにある。

 詳細は分からないがこの辺りに雄略天皇の泊瀬朝倉宮があった、という。白山神社(黒崎)には、「萬葉集發耀讃仰碑」が立ち、雄略天皇の作とされる歌碑も。

『 籠(こ)もよ み籠持ち ふくしもよ  みぶくし持ち
この丘に 菜摘ます児  家聞かな 名告らさね
そらみつ  大和の国は おしなべて
吾こそませ 吾こそは  告らめ 家をも名をも』

 20巻、4500余首を数える万葉集の巻頭を飾る歌。春の野遊び、若菜を摘んでその新しい生命力を得ることで繁栄を託す行事だが、乙女に一目ぼれ。名を聞き、求婚。思いがけない事態に乙女は驚き恥じらったことだろう。

 黒崎の東、出雲の地には武烈天皇の泊瀬列城宮があった、といい、12柱神社に宮跡伝承地の碑がある。当麻蹴速(たいまのけはや)と相撲を取った野見宿禰(のみのすくね)の墓という大きな五輪塔も。長谷の門前も間近、話題に事欠かない。


萬葉集發耀讃仰碑

▲「萬葉集發耀讃仰碑」が立つ白山神社境内


写真と文 牡丹 賢治

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