>
奈良新聞WEB トップへ戻る
 
←次へ 前へ→
万葉の景色

吉隠(よなばり)

緑まぶしい悲恋物語の地

山すそに広がる水田

▲悲恋の皇女が眠る地。山すそに広がる水田は田植えを終え、
緑の鮮やかさが一段と増し目映ゆい(桜井市吉隠)

 アジサイ咲く長谷寺を過ぎ国道165号を東へ。梅雨の中休み、晴れ間が広がる取材当日。田植えを終えた水田は太陽がキラキラ輝き幻想的だ。榛原町との境に近い桜井市吉隠(よなばり)の集落は「万葉集」にも登場する地。吉野をしばしば訪れた持統女帝も足を運んだという。同地を詠んだ歌は5首あり、いずれもが沈痛な情趣が込められている。

『 降る雪は あはにな降りそ 吉隠の猪養の岡の 寒からまくに 』
穂積皇子(巻2-203)

 穂積皇子と但馬皇女との激しい恋は、皇女の死で終わる。「降る雪よ、そんなにたくさん降らないで。あの人の眠る猪養の岡が寒いから」。皇女が死んだのは和銅元(708)年6月25日。それから半年後の冬、死を悼み詠んだ。丘は吉隠東北の山腹と考えられているが、定かではない。山並みを望む小学校跡地を利用した公民館前に碑がある。

 夏草が伸びたグラウンドからは、もう子どもたちの声は聞かれない。皇子のそれとは違うが、気持ちがダブり感傷的に。

 さて、天武天皇と藤原鎌足の娘氷上娘の間に生まれた但馬皇女は高市皇子に嫁ぐが、穂積皇子を想う気持ちのほうが上だったよう。もちろん、熱愛する歌も。

『 人言を しげみ言痛み おのが世に いまだ渡らぬ 朝川渡る 』
但馬皇女(巻2-116)

 人目を避け、渡ったことがない朝の川を渡り会いに行く。うわさになろうとも、思いは衰えず、むしろ激しく燃えた。ただ、生前の皇女に対する皇子の歌はない。緑燃えるこの季節、悲恋の皇女が眠る地にふさわしい彩りを放つ。

小学校跡

万葉歌碑がある小学校跡。
子どもの歓声が途絶えたグラウンドの
一角にある遊具が寂しげだ


写真と文 牡丹 賢治

ページ上部へ移動

グラフ:目次ページに戻る

奈良新聞WEBトップに戻る


 

会社概要採用情報新聞購読出版情報個人情報保護特定商取引法に基づく表示サイトマップ