このページでは、Javascriptを使用しています
奈良新聞WEB トップへ戻る
 
←次へ 前へ→
万葉の景色

海石榴市

産物集まった最古の市

初瀬川

▲海石榴市は人々が行き交う万葉時代のターミナルとしてにぎわった。
景色は変わったが初瀬川の遠くかなたに沈む夕日は今も昔もまばゆい(桜井市金屋)

 桜井駅から北東へ歩いて20分ほど、三輪山のわきを流れる大和川(初瀬川)周辺が金屋の町、海石榴市(つばいち)跡だ。

 『 紫は 灰指すものそ 海石榴市の 八十のちまたに 逢へる児や誰 』
(巻12-3101)

 「八十のちまた」は、道が四方八方から集まるところを指し、今で言うターミナルといったところ。にぎわえば、恋も芽生えたようで、お互いに歌をやりとりする「歌垣」で詠まれた。名前を聞くのはプロポーズを意味するとか。

 ここを起点に東へは初瀬路を通り初瀬、伊勢へ。

 南に目を向ければ飛鳥に通じる磐余(いわれ)・山田道。北は山の辺の道を直進すれば奈良、山城へ。

 西は当麻から難波に通じる。もちろん港も栄え、飛鳥の宮から遣隋使も水路をたどったという。

 初瀬川について詠んだ歌も多い。

 川の北堤、金屋河川敷公園の一画に仏教伝来の地を示した碑とともに万葉歌碑が建つ。

 隠口(こもりく)の泊瀬の山々から流れ出た初瀬川は、この辺りで大和川と名を変え、大和国中へ。三輪の辺りでは三輪川とも呼ばれていたらしい。

 『 夕さらず 河蝦鳴くなる 三輪川の 清き瀬の音を 聞かくし良しも 』
(巻10-2222)

 夕映えの初瀬川に河鹿(かじか)のかわいい鳴き声が聞こえる様子は人々の心をなごませ、離れがたい気持ちにさせたのだろう。

 整備された河川敷からは、当時の光景は想像できないが、沈む夕日の美しさは今も昔もきっと変わらないだろう。

 今月25日、同河川敷で「大和さくらい万葉まつり」が開かれる。遣隋使の帰還の様子が再現されたり、現代版・海石榴市が立つなど、活気あふれた当時をしのぶ。

金屋の町並み

▲ひっそりたたずむ金屋の町並み


河川敷き

▲きれいに整備された河川敷き。
25日には「大和さくらい万葉まつり」が開かれる

写真と文 牡丹 賢治

ページ上部へ移動

グラフ:目次ページに戻る

奈良新聞WEBトップに戻る


 

会社概要採用情報新聞購読出版情報個人情報保護特定商取引法に基づく表示サイトマップ