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万葉の景色

暗 峠

重宝された最短の道

暗峠

▲万葉の時代、平城京と難波をつなぐ最短コースとしてにぎわった暗峠。
大動脈としての面影はないが、難所だったことは容易に想像できる
(大阪府東大阪市)

 標高648メートル、奈良と大阪の境に立ちはだかる生駒山。

 今でこそトンネルが掘られ、電車やマイカーを使えば数分で通過できるが、万葉の時代、山越えは相当険しかったようだ。

 北から清滝、日下(くさか)、暗(くらがり)峠、十三峠、信貴、竜田越えなどのルートが知られている。

 都が平城に移されてからは、平城京と難波をつなぐ最短コースとして暗峠が重視された。

 同峠は山頂から南に下った鞍(あん)部、標高455メートルを越える。松や杉が生い茂り、昼でも暗かったことから、その名がついたとか。また、道が急で荷物を運ぶ商人がここで鞍(くら)替えしたのが転訛(てんか)したとも。由来はさておき、今も急な峠越えに変わりはない。奈良側から歩いた。静かな住宅街を抜けると、一本道は途中から緩い上りに。やがて緑深い、木立の中に分け入る。

 奈良-大阪を結ぶ大動脈は阪奈道路や第2阪奈に譲ったが、こちらも国道。が、青々と棚田が広がるのどかな風景は別世界。

 頂上は石畳の道が数十メートル続く。江戸時代に敷かれたもので、伊勢参りの道としてもにぎわい明治時代中ごろまで茶店や旅館、本陣跡などが街道筋に残っていたという。慣れたドライバーなら問題はないだろうが、道幅が狭く車利用は要注意! ハイキングが似合う。

 『 夕されば ひぐらし来鳴く 生駒山 越えてそ吾が来る 妹が目を欲り 』
秦間満(巻15-3589)

 『 妹に逢はず あらば術なみ 石根ふむ 生駒の山を 越えてそ吾が来る 』 
作者不詳(巻15-3590)

 夕方になるとひぐらしが鳴く生駒山。そんな山を越えて来たんだ。ただただ妻に会いたくて…。いとしい人に会わないでいるとどうしようもないから、険しい岩を踏んで生駒山を越えてやって来た。難所だが、最短ルート。重宝されたようだ。大阪側、下り坂はさらにきつい。

棚田

▲青々と広がる棚田の先、
稜線の向こうに奈良市街が見渡せる(生駒市西畑町)


石畳

▲夕日に輝く石畳。
峠の東は生駒市、西が大阪府東大阪市。
現在、両府県あわせて二十数軒の民家が並ぶ

写真と文 牡丹 賢治

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