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会社概要 沿  革 事業内容 機  構

奈良新聞社 沿革

昭和21年10月

◆「大和タイムス」(現・奈良新聞)創刊
◆ 初代社長に今西丈司氏

22年11月

◆「奈良県年鑑」第1号発行

12月

◆東京支局、大阪支局の設置

26年12月

◆資本金1000万円で株式会社に改組
◆自社印刷を開始

27年11月

◆本社の工場および本館を全焼。天理時報社、朝日新聞大阪本社の協力で1日も休刊せずに発行し、22日後に自社印刷

28年 4月

◆本社新社屋完成

30年 1月

◆田中治郎氏、2代目社長に就任

31年10月

◆創刊10周年記念行事

32年 6月

◆直木孝次郎、岸俊男、永島福太郎、門脇禎二らにより「新しい大和の歴史」の連載開始。翌年出版し、ベストセラーに

35年 8月

◆紙齢5000号を迎える

36年 8月

◆「奈良県紳士録」刊行

39年11月

◆広芝義賢氏、3代目社長に就任

40年 9月

◆原田兵次郎副社長により「社是」制定

11月

◆奈良ホテルで、創刊20周年式典
◆広芝社長夫妻が、天皇陛下主催の秋の園遊会に招かれる

42年 8月

◆奈良と東京で、初の定期採用試験を実施(全国から86人が応募し、大卒8人・高卒7人を採用。翌年3月、第1期生として入社)

44年 2月

◆新工場完成と高速輪転機の導入

46年 3月

◆2代社長、田中治郎氏死去(享年72歳)

47年 1月

◆政経懇話会発足。第1回講師は福島慎太郎共同通信社長

2月

◆奈良ホテルで、創刊25周年式典

4月

◆大和タイムス社社友会発足

48年 6月

◆広芝社長夫妻が、天皇陛下主催の春の園遊会に招かれる

8月

◆共同通信社と正式契約、受信を開始

11月

◆石油パニックにより用紙事情が逼迫し、8ページ建てを4ページに

49年 6月

◆紙齢10000号を迎える

11月

◆京都新聞社、神戸新聞社の推薦で共同通信社に正式加盟

12月

◆高速度輪転機を増設、16ページの一連印刷が可能となる

50年 4月

◆社員から歌詞を募集して社歌を選定(作詞・林貞行)

5月

◆鉛活字を廃止、オールCTS化に切り替え

6月

◆題字を「奈良新聞」と改題、社名も奈良新聞社に

10月

◆会長に広芝義賢氏、4代目社長に城家幸信氏

11月

◆生活情報誌「ならリビング」創刊

51年 5月

◆広芝義賢氏、5代目社長に就任

10月

◆創刊30周年記念行事

52年 4月

◆東京支社が日本プレスセンタービル内に移転

9月

◆本社提唱による「地酒を愛する会」が発足
◆本社主催で県民が選ぶ観光大和新名所20景決まる

53年 8月

◆本社主催の大和名物30選決まる

9月

◆奈良公園飛火野で本社主催の第1回芝能開催

54年 1月

◆ならリビング中和版を発行

55年 8月

◆本紙「雑記帳の集い」発足

56年10月

◆奈良新聞厚生文化事業団が発足

12月

◆本社主催で第1回奈良春日・大仏マラソン実施

57年 4月

◆県立橿原体育館で本社主催の大相撲奈良場所興行

11月

◆航空写真集『日本史の源流』を発行

58年 7月

◆奈良の政治・経済・文化を本音で語り合う会として「現代奈良研究会」が発足

59年 4月

◆論説室を設置

8月

◆「阪奈政経文化懇話会」が発足

10月

◆初代社長、今西丈司氏死去(享年71歳)

60年 3月

◆高円宮憲仁殿下・久子妃殿下を迎え「阪奈現代邦楽研究会・文化委員会」発足

6月

◆奈良新聞電光ニュースの放映開始

7月

◆「奈良新聞記事審議委員会」発足

61年10月

◆本紙創刊40周年記念祝賀会を奈良ロイヤルホテルで開催
◆社史「四十年史」を発行

62年 5月

◆本社提唱で結成された「なら・シルクロード博を成功させる会」の推進本部スタート

10月

◆東京で芝能開催

63年 4月

◆カラー・オフセット輪転機を導入

5月

◆紙齢15000号を迎える

7月

◆高円宮さまが「阪奈現代邦楽演奏会」にご出席のためご来県、本社をご見学

平成元年 6月

◆社屋の増改築と立体駐車場の完成

8月

◆第1回県民カラオケ歌謡大会

2年 1月

◆元旦号が132貢で全国一

6月

◆会長に広芝義賢氏、6代目社長に渡辺忠夫氏

3年 9月

◆第1回奈良県シルバーカラオケ歌謡大会開催

10月

◆創刊45周年記念行事

4年 3月

◆機構改革で編集局内に政治経済部、社会部を新設

5年 3月

◆代表取締役に渡辺忠夫氏

6月

◆取締役社主に西島謹二氏が就任し、慢性的な赤字体質脱却を目指し、抜本的な改革を断行

7月

◆取締役と幹部で改革委員会を発足。毎週1回の会議で、橿原支社の営業拠点化、生駒支社の廃止、東京支社の移転、本紙の地ダネ主義の徹底など、次々とリストラ策を打ち出し経営改善

6年 4月

◆西島氏の発案により、県外に本社があり奈良県内で支社・支店を開設している上場企業と地元企業の交流を図ることを目的とした「なら21クラブ」を発足

6月

◆3月期決算で3800万円の営業利益を出す。西島氏による一連のリストラ策で、これまでの赤字経営を脱し悲願の黒字決算に。この平成5年度が画期となり、以来、黒字経営に転換

9月

◆西島氏の発案で、長年、地域社会で活躍した熟年世代の生きがいづくりと、地域の監視役として、郡市別人口比で1000人の会員による「奈良新聞シニアクラブ」を発足。会員の情報提供で、数々の政治家の不祥事を告発

7年 3月

◆固定資産税問題に詳しい西島氏の問題提起によってスタートした連載「怒りの固定資産税」が、浅野詠子記者ら取材班の執筆で、第2回坂田賞(海外研修事業)受賞

5月

◆「シニアクラブ」会員から寄せられた政治家などの不祥事情報に対応するため「政治改革特別取材班」がスタート

6月

◆取締役会長に西島謹二氏
◆3月期決算で過去最高の18億8000万円の売上計上

8月

◆固定資産税問題特別取材班が第38回日本ジャーナリスト会議奨励賞受賞

12月

◆西島会長の提唱で、マルチメディア事業部を新設し、奈良県初の総合情報をインターネット・ホームページ「NICE-NARA」で配信開始

8年 3月

◆「五十年目の日本」特別取材班が第3回坂田賞(海外研修事業)受賞

5月

◆西島会長が阪神大震災500日目(5月30日)に個人として奈良新聞厚生文化事業団を通じ、現金3000万円を日赤兵庫県支部に寄付

6月

◆西島会長のもとで経営改革を進め、3月期決算で、創業以来初の20億円突破の売上計上

10月

◆創刊50周年を迎え、各種記念事業を展開

11月

◆創刊50周年記念祝賀会を奈良ロイヤルホテルに約1000人の来場者を迎えて盛大に開催
◆第1回奈良新聞文化賞を地域文化発展に貢献のあった3氏に贈呈

9年 6月

◆西島会長による経営改革が一段と進められ、3月期決算で、創業以来最高となる22億7000万円の売上計上

10月

◆翌年の奈良市制100周年を記念して「大相撲奈良場所」を奈良市中央体育館で開催。相撲ファン5400人が楽しむ。
◆中国・洛陽市の洛陽日報社一行が来社、歓迎宴を開き友好を深める

10年 1月

◆大阪支社が大阪・上本町から難波に移転

2月

◆毎日新聞が本社厚生文化事業団の震災義援金報道。これを受け本社は同事業団会計が適切に処理されていることと、平成8年5月に西島謹二会長個人が被災地に3000万円寄付していたことを公表。世間に誤解を与えたとして、西島会長が辞任、渡辺忠夫社長も代表取締役を辞任。代表取締役に甘利治夫氏
◆日本新聞協会(会長・小池唯夫毎日新聞社長)が本社を除名

6月

◆新取締役に元電通幹部の鈴木幹夫氏、社内から林貞行、上田達雄、武智功、高濃正嗣の各氏が就任。渡辺忠夫氏が取締役を退任し、(株)奈良新聞企画の取締役に就任

7月

◆東京支社が銀座に移転

10月

◆朝日新聞社、京都新聞社、共同通信社の推薦で日本新聞協会に再加盟

11年 3月

◆前会長の西島謹二氏が、柿本善也知事(日赤奈良県支部長)を通じ、現金700万円を兵庫県災害対策本部に寄付。寄付の総額は3700万円となった
◆JR奈良駅前イベント「異邦人体験なら」開催

5月

◆中国洛陽日報社の韓副社長来社

10月

◆(株)奈良新聞コミュニケーションズ設立、代表取締役社長に渡辺忠夫氏

11月

◆日本新聞協会副会長の一力一夫・河北新報社会長、小坂健介・信濃毎日新聞社社長が来社
◆甘利代表が天皇即位10年記念京都茶会に招かれる

12月

◆制作局・編集局に新紙面制作システム導入

12年 1月

◆甘利代表が皇居で行われた歌会始に招かれる

8月

◆第1回「絵本ギャラリー in 奈良」が奈良教育大学で開催

10月

◆ならリビング創刊25周年を記念して「リビングウェルカムパーティー」を奈良ロイヤルホテルで盛大に開催。記念事業として「五人囃子」も公演
◆刊行物「大和を歩く」「大和の温泉」が好評、ベストセラーに

12月

◆第20回記念 奈良・春日大仏マラソン全国大会で過去最高の4800人が参加

13年10月

◆3代・5代社長、広芝義賢氏死去(享年87歳)
◆創刊55周年記念祝賀会、奈良ロイヤルホテルで盛大に開催

11月

◆赤坂御苑で開かれた秋の園遊会に甘利代表が招かれる

14年 4月

◆「県警問題」取材班が第9回坂田賞(海外研修事業賞)を受賞

7月

◆紙齢20000号記念式典、奈良ロイヤルホテルで盛大に開催

10月

◆東大寺大仏開眼1250年記念慶讃行事に参画

15年 2月

◆中国・洛陽訪日団が来社

4月

◆本社が郵政公社総裁表彰、甘利治夫代表が皇居で天皇陛下に拝謁

7月

◆編集システムのネットワーク化と資料写真のデジタル化

10月

◆呼称変更に伴う機構改革で局制を廃止

11月

◆総選挙報道でインターネットによるリアルタイム開票速報を実施

16年 1月

◆福井新聞社の協力により奈良市内で「拉致被害報道写真展」を開催

4月

◆甘利治夫代表が国立大学法人・奈良教育大学の理事に就任

10月

◆創立10周年記念のシニアクラブ総会を盛大に開催

17年 6月

◆鍵田忠兵衛・奈良市長の不祥事報道で、議会が不信任決議。市長選で鍵田氏落選
◆「大和タイムス」から「奈良新聞」に改題して30周年

11月

◆ならリビング創刊30周年

12月

◆制作新システムを導入
◆第25回記念 奈良・春日大仏マラソン全国大会を開催

18年 4月

◆創刊60周年キャンペーン広告(電通・西島知宏氏制作)で、TCC賞新人賞受賞

5月

◆新聞の自社印刷を終了、外注印刷に

6月

◆創刊60周年を機に題字と社章を変更。揮毫は女流書家の紫舟氏に、社章は電通にデザインを依頼。カラー面を増やし、紙面内容を大幅に刷新

10月

◆創刊60周年記念祝賀会、奈良ロイヤルホテルで盛大に開催

12月

◆第26回 奈良・春日大仏マラソン全国大会を開催、過去最高の5787人が参加

19年 4月

◆創刊60周年の年間キャンペーン広告で、電通・西島知宏氏制作の啓発広告がTCC賞(第3位)獲得、10月に表彰。同じく7月にOCC賞表彰

6月

◆新取締役に社内から小久保忠弘、田中篤則の両氏、元電通の西島知宏氏が就任

11月

◆社団法人・日本アドバタイザーズ協会主催の第47回消費者のためになった広告コンクールで創刊60周年キャンペーン広告(電通・西島知宏氏制作)が全国第3位の地域広告賞を受賞

12月

◆第27回奈良・春日大仏マラソン全国大会に、過去最高の6262人が参加

20年 3月

◆奈良市法華寺町の土地2590平方メートル、鉄骨4階と3階建て建物1900平方メートルを、本社新社屋として取得

4月

◆西島知宏氏制作の本紙キャンペーン広告が2年連続でTCC賞、OCC賞受賞

6月

◆甘利治夫代表が学校法人奈良学園の理事に就任

7月

◆機構改革で販売・編集本部、営業本部の本部制を設置
◆奈良市三条町から同市法華寺町に本社を移転。移転祝賀会を奈良ロイヤルホテルで盛大に開く

12月

◆第28回奈良・春日大仏マラソン全国大会に、過去最高の7690人が参加

21年 5月

◆旧本社ビルをコイン・パーキング用地として使用するため、解体工事に着手

8月

◆旧本社ビルの解体整備終了、コイン・パーキングとして営業開始

10月

◆関連会社の奈良新聞企画、奈良新聞コミュニケーションズなどが、新本社に移転入居

11月

◆2010年の平城遷都1300年祭事業の掉尾を飾る、県初のフルマラソンとなる第1回奈良マラソンと第30回奈良春日・大仏マラソン全国大会の合同開催が決定。実行委員会会長に荒井正吾知事、副会長に甘利治夫代表取締役らが就任

22年 7月

◆奈良日日新聞社と業務統合

8月

◆奈良新聞グループ会社全社が本社西館に揃う

11月

◆「ツイッター奈良交流会」を立ち上げ、事務局を奈良新聞社に置く。発起人は甘利治夫・奈良新聞社代表取締役、高市早苗・衆院議員、田野瀬良太郎・衆院議員、藤山純一・奈良日日新聞社代表取締役、前川清成・参院議員、吉川政重・衆院議員(50音順)

12月

◆平城遷都1300年祭記念事業として、県内初のフルマラソンとなる第1回奈良マラソンが、第30回奈良春日・大仏マラソンと合同で開き、全国から1万8000人のランナーが参加

23年 3月

◆ドリームサーカス橿原公演開催(~5月)。50日間で55300人が来場。

5月

◆12月に開催する「奈良マラソン2011」のフルマラソン(定員1万人)の参加申し込みは3日で定員に達した。

7月

◆ハッピードリームサーカス奈良公演開催(~9月)。40日間で55300人が来場。

9月

◆奈良市の山本清前議長が6月議会の議長選で買収工作のスクープ。山本氏が議員辞職。

10月

◆前田武志国土交通大臣をお迎えし、創刊65周年記念祝賀会を奈良ロイヤルホテルで盛大に行う。野田佳彦首相から直筆の祝詞と色紙が寄せられる。


関連会社

奈良新聞印刷

奈良新聞企画

奈良新聞コミュニケーションズ

奈良新聞ツーリスト

奈良県新聞広告社




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