特集奈良の鹿ニュース

金曜時評

正統争いを超えよ - 論説委員 北岡 和之

 30年近く昔の昭和63年4月24日から183日間、奈良市の奈良公園一帯を主会場に開催された地方博覧会「なら・シルクロード博」。半年間の来場者は約680万人に上った。東端を奈良とするシルクロードの全容を振り返ろうという試みだから、当然ながら中東地域とも関係があった。県や奈良市、企業などでつくる博覧会協会事務局の職員は中東諸国へも足を運んで説明。各国の理解を得て、貴重な文物の展示も実現した。

 当時に取材した一人として、あらためて思うのは博覧会のメーンテーマ「民族の英知とロマン」だ。さまざまな地域の歴史や文化、伝統の違いを踏まえ、相互理解と平和への願いを込めた、意義深いテーマだったと今でも思う。

 だが近年、中東地域は揺れ続けている。私たちには数々の「情報」が伝えられるが、遠く離れたわが国の国民のほとんどは、実際のところ、直接見聞きしていない情報の虚実を確かめられない。私たちも関心を持たざるを得ない「イスラム国」による邦人人質事件にしても、連日の報道を前にして、いったい何を言うことができるのか。その判断基準をどこに求めればいいのかさえ定かではないのが、本当のところではないか。

 いいかげんなことは言えない。しかし一方では、事実を基に正しい理解をしたい。そのような思いの中で私たちも揺れている。事件の背景には格差と貧困などの社会状況があるとされる。宗教が関係しているともされる。

 宗教が絡むとすれば、当然ながら「異端」と「正統」の争いも避けられないのか。いわゆる世界宗教とされるのはキリスト教とイスラム教と仏教だが、他にもたくさんの宗教がある。異端と正統の争いについては、わが国の過去を振り返っても、決して他人事ではない。

 正統争いは宗教だけに限らず、さまざまな分野での「対立」として現象する。異端が正統になり、正統が異端になることもある。宮沢賢治の作品『銀河鉄道の夜』で、主人公ジョバンニは「どこまでだって行ける切符」を持っている。「ほんとうのたった一人の神さま」を求めている。この神さまは特定の宗教の神を指していないようだ。異端と正統の向こう側ということか。そんな世界は可能か。

 かつてわが県で開かれた博覧会のテーマ「民族の英知とロマン」が争いを乗り越えていくよう夢想しても無力だ。だが、この願いは通じるべきだと考える。

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