斉明陵は確定的 - 天皇家示す八角形【明日香・牽牛子塚古墳】
2010年9月10日 奈良新聞
![]() 墳丘外周を八角形に巡る敷石帯などが出土した牽牛子塚古墳=8月25日、明日香村越 |
八角形墳の可能性があるとされていた明日香村越の牽牛子(けんごし)塚古墳(7世紀後半)の発掘調査で、正八角形になる墳丘のすそと外周敷石の一部が見つかり、明日香村教育委員会が9日、発表した。石室は、二重造り構造だったことも分かった。八角形墳は7、8世紀の天皇陵に採用された墳形で、大化の改新で知られる中大兄皇子(天智天皇)の母・斉明天皇とその娘、間人皇女の合葬陵であることが、考古学的見地で確証的レベルに達した。 牽牛子塚古墳の発掘調査は昭和52年以来で、墳丘の本格的調査は初めて。昨年9月から墳丘の北西部とその外周計約350平方メートルを発掘調査した。 調査区域の墳丘すそは3辺にまたがり、内角135度のコーナー二つを検出。1辺は約9メートルで、墳丘の底面は対辺約22メートルの八角形となることが分かった。墳丘は土を押し固めて築かれ、斜面は石で装飾していた。高さは4.5メートル以上になると推測される。 墳丘の周囲は、直方体に加工した凝灰岩を規則的に配置した幅約1メートルの敷石帯が墳丘と同じ角度で巡り、約16メートルを検出。さらにその外側に小石を並べた敷石が幅約3.6メートル以上にわたって広がることを確認した。 石室は、1個の巨大な凝灰岩をくり抜いて東西2室を造った横口式石室で東西約5メートル、南北約3メートル、高さ約2.5メートルの大きさ。羨道(せんどう)はない。 さらに、厚み約70センチの石材が石室本体を取り囲む堅固な造りになっていた。安山岩を直方形に加工し、約2.7メートルの高さにそろえて立ち並べている。石室本体との接合面の隙間は漆喰(しっくい)で塗り込めていた。 墳形や、特異な石室構造が明らかになり、学界の牽牛子塚古墳の斉明天皇陵説は一気に確度を上げた。これまでのところ否定的意見はみられない。古墳築造や埋葬の年は特定できていない。 一方、宮内庁は文久年間以降、高取町車木の越智丘上陵を斉明天皇と間人皇女、建王(天智天皇の皇子)の合葬陵に定めている。同庁書陵部は「墳形だけで天皇陵とは見なせない。現段階では決定的とはいえず、現在の越智岡上陵を管理していく」としている。 八角形の古墳は群馬県や広島県など全国に約20例あり、天皇陵八角形墳の系譜との判別などは今後の課題となりそうだ。 また、棺の一部や黒色土器などがわずかに出土した。村教委の同村文化財課の西光慎治技師は「牽牛子塚古墳の解明につながる多くのデータを提供でき、飛鳥地域の終末期古墳を考える上で重要な成果となる」としている。 現地見学会は11、12日午前10時~午後4時。駐車場はない。近鉄飛鳥駅から南西へ徒歩約15分。少雨決行。 |
記事の詳細は本紙をご覧下さい ⇒ 【 奈良新聞を購読する 】

















