2010年8月13日 奈良新聞
8月は祈りの日々が続く月だが、昨日は1985年の日航ジャンボ機墜落事故から25年という一つの節目の日だった。
乗客乗員520人が亡くなるという大惨事は、事故機が東京から大阪へ向かうビジネス便であったこともあり、多くの企業の幹部や社員、夏休み旅行の家族連れなどでほぼ満席だった。
このうち奈良県関係では12家族17人が犠牲となった。「17人のうち11人が一家の稼ぎ手、いわゆる大黒柱だった」と、事故1年後の特集記事にあった。
当日、筆者は見出しをつける部署にいたが、12日の夜はテレビなどで発表されるカタカナの名前をもとに、同僚と徹夜で電話帳をめくり、遺族の談話取りに必要な住所録作りをした。辛く悲しい一夜だった。
無念の思いで、空に消えた人々のことを忘れてはなるまい。一方で、いまだに遺品約2000点が持ち主不明のままだという現実もある。
四半世紀を経て、どんなに技術革新は進んでも乗り物の事故はなかなかなくならない。いかにリスクを回避し、安全な運行を続けるか、過去の教訓を生かせているか、日々の問い掛けが大事だろう。(恵)
記事の詳細は本紙をご覧下さい ⇒ 【 奈良新聞を購読する 】
















