2010年8月10日 奈良新聞
昨日は65回目の「長崎原爆の日」を迎え、県内各地でも平和祈念式典が営まれた。奈良市の市役所塔屋では「平和の鐘」が鳴らされ、仲川元庸奈良市長も出席した。
同市長は5日には福島県郡山市での第46回「郡山うねめまつり」に親善使節団長として参加し、采女神社での供養祭で玉ぐしをささげたという。
6日の広島原爆の日の平和行事への欠席で批判を浴びたが、この日どんな思いを込めて鐘をついたのだろうか。
平和であればこそ、まつりも開催できる。人々の暮らしを根底で支えているのは、この平和という社会の秩序であり、戦争による尊い犠牲者のことを忘れてはなるまい。
だからこそ、しつこいようだが、平和よりも観光を優先したような形の今回の選択には納得しがたい。静かに平和の鐘を鳴らし、恒久平和を祈るべき大切なひと時の重みをかみしめてもらいたい。
ともあれ、被爆者も高齢化し、悲劇を語り継ぐ取り組みも次第に先細りになっていく。子どもたちが真に平和のありがたさを認識し、平和維持への努力の大切さを理解できるような形が今求められている。 (恵)
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