飛鳥期の大型建物跡【桜井・脇本遺跡】 - 東国交通の要衝
2010年6月4日 奈良新聞
![]() 脇本遺跡で見つかった6世紀後半から飛鳥時代にかけての大型建物跡。人が立っている地点が柱穴。左手が北(県立橿原考古学研究所提供) |
5世紀に雄略天皇の「泊瀬朝倉宮(はつせのあさくらのみや)」がったとの説がある桜井市の脇本遺跡で、6世紀後半から7世紀初めの大型掘っ立て柱建物跡が見つかり、県立橿原考古学研究所が3日、発表した。欽明天皇(在位539~571年)の時代の建物が、飛鳥で宮が造営されるようになった推古朝以後も継続して営まれていたことが分かり、古代史における同地の重要性を補強した。 同研究所は「規模からみて天皇家にとって重要な建物だったはず。東国などへ抜ける交通の要衝でもあり、雄略天皇以来、代々重要な地であり続けたのだろう」としている。 … |
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