2010年3月26日 奈良新聞
今年も花とともに、慌ただしい人事の季節が巡ってきた。異動の気ぜわしさを横目に桜が見え隠れする春だ。願わずとも花は咲き、願わずとも花は散る。
「桜を注文したほんとうのわけは、長兵衛はだれにも、家族にも話していない。照れくさくて、とても言える話ではなかった」(山本一力「いっぽん桜」)。
仕事ひと筋、1人娘にも構ってやれずにきた大店の筆頭番頭が、せめて嫁ぐまでの数年、娘と花見を楽しもうと、庭に桜を植えた話が直木賞作家の短編にある。
家族のきずなと商売の厳しさを、江戸情緒あふれる市井の哀歓にまとめた佳作。才腕を振るって不動の地位を築いたはずの長兵衛は、思わぬ人事にうろたえる。
丁稚からたたき上げ、着実に業績を重ねて店を切り盛りする大番頭にまで出世した男が、当主の交代を機に引退して若い者に任せろと迫られた。気持ちの切り替えがつらい。
役所や大手企業のように定期に人事異動できる組織はいいが、中小零細はそうはいかない。職能の確保という課題が絶えずある。本人には難しい決断を誰かが代わってやるしかないのだろう。(コ)
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