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明治初めに共有地 - 土地台帳に記述【平城宮跡・大極殿跡】

2010年1月13日 奈良新聞

「大こくでん」「大こく田」の地名を記した「宝暦六年超昇寺村反別帳」。耕作者がいない状態を「中地」と記している

 かつて「大黒の芝」と呼ばれていた平城宮跡(奈良市佐紀町など)の大極殿跡が江戸時代末から明治時代初めに、周辺住民の共有地になっていたことを記す古文書が、柳沢文庫(大和郡山市城内町)の調査で見つかった。宮跡保存は明治30年、県古社寺修理技師の関野貞による大極殿跡の土壇発見が始まりとされてきた。それ以前に住民が遺構保存を意識していたことを示す史料で、宮跡保存の歴史に一石を投じそうだ。古文書は、同文庫の新春企画展で展示されている。

 調査で見つかったのは、奈良市二条町の民家や佐紀町水利組合に伝わる当時の土地台帳や共有地名簿、絵図など8点。

 江戸時代末の土地台帳「宝暦六年超昇寺村反別帳」「嘉永六年超昇寺村高名寄帳」は「大こく田」「大黒でん」「神明野」などの地名を記し、耕作者がいない状態を示す「中地」と記載する。

 明治15年に作成された「大和国添下郡佐紀村誌」には、これらの地名を「平城宮ノ有ル所ノ本なり」と宮跡の名残であることを記述。同11年の「佐紀村村共有地名簿」などには、大極殿跡周辺の芝地が村の共有地と記されていた。このほか、同9年の村絵図や同36年の「大黒の芝」の土地所有証券なども見つかった。

 大極殿跡周辺の芝地は江戸時代の名所記や名所絵図にも「今も田を作らず」と記され、平安遷都後も残存していたと推定。周辺住民は古来から残された遺構を個人所有に似つかわしくないと考えていたらしい。

 平城宮研究は江戸時代末の津藩古市奉行所役人・北浦定政の実地調査に始まる。今回の発見は関野の大極殿跡発見まで約30年間の空白期間を埋める史料として注目される。

 柳沢文庫の藤本仁文学芸員は「周辺住民が平城宮跡を認識し、保存していたことが関野の発見のベースになったのかもしれない」としている。

 展示は3月21日まで。開館時間は午前9時から午後5時。休館日は毎週月曜と祝日(ただし2月6日~3月12日は無休)。入館料は一般200円。高・大学生100円。

 問い合わせは同文庫、電話0743(58)2171。

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