石上宅嗣の官職木簡 - 公文書作成で使う?/西大寺で発見Tweet
2009年12月4日 奈良新聞
![]() 石上宅嗣の官職を書き連ねた木簡 |
奈良市の西大寺旧境内で、国内最古の公立図書館「芸亭(うんてい)」を開設した石上宅嗣(729~781年)の官職を書いた8世紀後半の木簡が見つかり、市埋蔵文化財調査センターが3日、発表した。高級官人の木簡は極めて珍しく、称徳女帝によって発願された西大寺が、当時の政治中枢と密接に結びついていた可能性が強まった。 幅約7メートルの溝に大量の木簡が捨てられていた。今年7月にはイスラム陶器の破片も出土している。 石上宅嗣の木簡は長さ29.7センチ。「参議 従三位 式部卿 常陸守 中衛中将 造東内長官 石上朝臣」と読める。官職の区切りに一~四の数字が振られていた。 式部卿は文官のトップで常陸守は現在の茨城県知事。公文書や奉納者の名前を記録する際、手控えを使って官職を間違えないようにしたらしい。 石上宅嗣は奈良時代を代表する文人で、平城宮東院庭園の造営責任者だったことが初めて明らかになった。平安時代の漢詩集には、宅嗣が西大寺の宴会で詠んだ詩も収録されている。 官職に就いた時期から神護景雲2(768)年~宝亀元(770)年に限られ、同センターは「西大寺がほぼ完成した時期にあたり、不要な木簡をまとめて捨てたのではないか」とみている。 伽藍(がらん)の造営を担当した役所「造西大寺司」や称徳女帝の離宮「西大寺嶋院」が近くにあった可能性がある。 同センターの森下恵介所長は「高官の名前を書かねばならない事務が頻繁にあり、手控えが必要だったのだろう。政治中枢との深いつながりがうかがわれる」と話している。 出土した木簡は7日から13日まで、奈良市大安寺西2丁目の同センターで展示される。問い合わせは同センター、電話0742(33)1821。 |
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