柱列 新たに30メートル - 橿原・植山古墳
2009年9月19日 奈良新聞
![]() =墳丘を囲む柱列の延長が確認された植山古墳。左の覆屋がある部分が墳丘。奥に県内最大の前方後円墳・見瀬丸山古墳=18日、橿原市五条野町 |
橿原市教育委員会は18日、推古天皇(554~628年)と実子・竹田皇子(生没年不明)の合葬墓とされる橿原市五条野町の植山古墳(6世紀末ごろ)で8年ぶりに発掘調査を再開。墳丘背後の丘陵で平成13年に見つかった柱列の延長や、新たに7世紀後半の総柱建物跡を確認し、発表した。 植山古墳は東西約40メートル、南北約30メートルの長方形墳で、大型横穴式石室2基が並ぶ「双室墳・双室墓」。古事記や日本書紀の記述と合わせ、科長(しなが=大阪府太子町)に改葬される前の推古天皇陵説が有力。推古は、先に失った皇子の墓に埋葬するよう遺言した。 柱列は、丘陵稜線上に新旧2列。古い柱列はまっすぐ南東方向に12本分約30メートル延びて総延長100メートルに。新しい柱列は、古い柱を抜き取って正方位にコーナーを作った部分(柱7本約15メートル)を検出… |
記事の詳細は本紙をご覧下さい ⇒ 【 奈良新聞を購読する 】

















